服装、態度で22人不合格=成績は圏内−神奈川県立高(時事)
神奈川県教育委員会は28日、県立神田高校(平塚市)で2004、05、07年度に行われた入学試験で、内申書、学力試験、面接の総合的な成績順位は合格圏内に入っていたのに、願書受け付け時の服装、態度などが悪く入学後の生徒指導が困難と判断した受験者22人を、選考基準に従わず不合格にしていたと発表した。
県教委は、受験者、保護者の希望があれば入学させることも検討する。
記者会見で渕野辰雄校長は、「先生方の生徒指導の負担軽減とまじめな子をとっていきたいという思いだけだった。大変申し訳なく思っている」と陳謝した。
何を問題視してるのか分かんないですね、この記事。態度が悪いヤツを入学させないのは当然じゃないんですか? 小学校や中学校で入学拒否したのなら問題ですが、これは高校の話です。高校では素行が悪ければ停学・退学処分だってあるのだから、はじめから入学させなくたって問題ないはずです。
だいたい、願書受付時に服装が乱れてたり態度が悪かったりというのが信じられないですね。普通、そこはいい子ちゃんを装うトコでしょう。願書受付時に態度悪かったのに、その後の面接で豹変してたらそれだけでおかしいですよ。面接で嘘をついているようなもんですから(ま、面接というのは自分を過大にアピールする場ではあるけど)それで不合格ということにして構わないと思います。
今さら遅れて入学するヤツがいるかどうか分かりませんが、少なくとも校長が謝ることじゃありません。教師の子供が不正に採用試験に合格することに比べれば、こんなのは何のニュースバリューもないですよ。
初めてコメントさせて頂きます。
おしゃる通りですよね。
私もこのニュースを聞いたとき、だから何?って言いたくなりました。
世の中病んでいますよね。
これからもどんどん批評して下さい。
期待しています。
「常識的に見て」という判断かも知れませんが、何を常識とするかは、非常に難しいところです。
そういう基準で落とすとなると、どの程度ならアウトかセーフか、事前に線引きをしておくことから始めないといけないのではないでしょうか?
極論を言えば、事前にそういうルールを決めずに、教師達の「常識」で学生の合否を選別するとしたら、恣意的に合否を選択することができます。
あり得ないでしょうが、日の丸・君が代を国旗国歌として認めていると感じている学生を「あの生徒は将来軍国主義者になるかも知れない」よって入学させられない、とか(こんなのは極論ですが)
そういうふるい落とす基準をを事前に決めていない状態で、勝手に合否を「純粋な学力テスト以外で」落としたなら、やはり学校側の負けだと思います。
私は校長の「先生方の生徒指導の負担軽減〜」に違和感を覚えました。確かにできの悪い生徒を指導するのは大変な労力でしょうが、教師であり、ある程度そういったことも含めて給料をもらっているはずです。むしろ、まじめに勉強したい生徒のいる中で、授業の妨害をしたり服装なども含めて勉強したい生徒に悪影響を与える可能性のある生徒を排除したと言えれば、そしてそれが明文化されていれば、よかったのかなと思います。明文化されていないまでも、「品行など総合的に勘案して」みたいな基準があれば。ただ、これは公立でも私立でも関係ないとは思いますけどね。
この問題の病巣は勉強する気がなくても「とりあえずみんな行くから」と高校に入る人たちでしょうか。だから簡単にドロップアウトもしてしまう。もっとも中退のすべてが悪というわけでもないのでしょうが。
大学も全入時代ですが、こちらもどうかと思うのが多々あります。大麻とかは論外としても、大学を出てるのに・・・と感じることが多いのはおっさんになったからなのかもしれませんが。
長文失礼しました。
自分は願書や入試での態度や服装も面接試験の一環と解して選考基準に加味するべきであると思います。明文化しなくても中学校で指導してきたことを学習していれば分かることを指摘されて落とされているんですからこういうことは「明文化以前の話」だと思います。
それとやはりある程度TPOをわきまえてそれなりの格好をしてくる人間に勉学の機会を与えるというのは理にかなった話だと思います。少なくともこういう酷い格好をしてくる生徒よりそれなりの格好をしてくる生徒の方が真面目に勉学に打ち込んでくれる可能性が高いと思うのですが。あくまでも割合の話でしかないですが。
実を言うとこのエントリは「あー、今日はネタねーなー」と思いつつヤフートピでネタ探しして、ふと目に留まったこの記事でわずか10分で作文したものです。ですから正直言って斟酌が足りませんし、今見てもやっつけ的な文章だと思います。
佐倉さんの指摘もなるほどなと思いました。
確かに、こういう裏設定みたいなものがあると恣意的な選考が行われる可能性がありますね。
脊髄反射で書いた文章では、そこまでの想像力が働きませんでした。
とは言え、今回の件で行われたのは恣意的な選考ではなく、極めて普遍的で常識的な選考だったと思います。
事実、この選考を行っている間はこの学校の評判も若干上がっていたみたいですよね。最近行儀よくなったねと。
だから、決して間違ってはいなかったと思います。
まあ今後は、「日頃の態度・素行も選考基準になることがある」旨を明記するほかないんじゃないでしょうか。
お二人とも私も面識がありますし、こういうところで、いわゆる「ただ勝つためだけの論争」を私がやらないのはご存じだと思いますので、要点だけまとめますが・・。
・無理難題を言って是が非でもどんな態度の学生でも試験さえ受かれば入学させろ!というわけではありません。
ただ「だったら事前に書いておけよ!」と言うだけで、その記載が事前に書かれてないのなら、学校側の手落ちじゃないですか?という事です。
そのペナルティとして校長が処分されるのは、妥当だと思います。
・カミュさんのコメントで「常識」という話が出てきましたが、常識というのはどうとでも解釈可能な、非常にやっかいな言葉で、何をもって常識かは人によって基準が異なることだと思います。強引にこじつけるなら「他人か見ると奇抜かも知れないが、俺から見たら常識だよ」という話になると、収拾がつかなくなります。
実体験から行くと、同様なシチュエーションで、就職活動をする時に、リクルートスーツ(=就活の定番のスタイル)で会社訪問したら、「衣装一つで個性を発揮できない奴はいらない。全員が全員同じ衣装で仕事なんて、うちの常識ではあり得ない」と門前払いを喰らった、なんて話もあります。
もっともカミュさんの仰りたいことが、言わなくてもわかるだろう、という以心伝心という感じであったり、伝統が受け継がれていて、みたいなことだろうとは私もわかりますし、私も多分身近にけったいな出でたりの身内がいたら「非常識だなぁ」と思うことでしょう。
それでも、こういう「自分の常識観」は、一方向だけでもなく、常識=正義でもないということを踏まえて、この入試問題の件の「常識」の定義を再度構築するのは大事なことだと思います