2004年12月28日

「宮古市」争奪戦

 沖縄県の宮古島を中心とした5市町村の合併によって誕生する市の名称が「宮古市」に決まったことを受け、元祖・宮古市である岩手県宮古市がおかんむりであるようだ。

 通常、市の名前は重複してはいけないことになっている。そのため、「河内長野市」「武蔵村山市」のように旧国名を付けたり、「東大和市」「北広島市」のように方角を付けたりして区別している。
 例外的に「府中市」だけは東京都と広島県両方にあるが、これは特例中の特例。二つの町が市名を巡ってわれ先にと市制施行日を早めたりして、紆余曲折の末に両方とも同じ名を名乗ることとなった。ちなみに、広島県府中市が1954年3月31日、東京都府中市は同年4月1日と、たったの1日違いで誕生している。これは、府中という地名が全国至るところにあるせいでもあった。

 で、今回新市名の「宮古市」にクレームを付けた岩手県宮古市側の主張はこうである。「東京では宮古島のほうが知名度が高く、宮古市イコール宮古島のイメージが定着してしまう」 うーん、ごもっともである。
 かつて、鹿島神宮や鹿島アントラーズで有名だった茨城県鹿島町が市制施行した際、既に「鹿島」を名乗っていた佐賀県鹿島市に「名を譲れ」と要求してもめたことがあった。もちろん佐賀県鹿島市はこの要求を突っぱねたのであったが、これは当然の措置である。市の名前は先に名乗ったモノ勝ち。いかにそちらのほうが認知度が高いとは言っても、そう簡単に譲ることはできない。茨城県鹿島町は、仕方なく「鹿嶋市」と名乗ることで妥協した。

 そういう前例もあるため、今回の問題でも新しい「宮古市」側は岩手県宮古市にもっと気を遣うべきである。少なくとも、岩手県宮古市に何の打診もなく市名を決めてしまったのは軽率だったろう。そりゃあ、岩手県宮古市に文句を言われても仕方ない。両市は直線距離で約2000キロも離れているから混同されることもないだろうが、やはり後から市制施行した市に「宮古市」のイメージを奪われることは先輩として受け入れ難いだろう。

 そこで思ったのだが、「宮古島市」ではアカンの? 「合併してできる市は宮古島だけじゃない」という意見もあるだろうけど、これが一番の妥協案ではないだろうか。「宮古島市」も候補には挙がっていたようだが、私はコチラのほうが適していると思う。なんたって「島」なんだしね。再考を願いたい。

 平成の大合併も終盤になりつつあるが、合併というものには常にゴタゴタが付き物のようだ。特に名前をめぐる問題が一番難しい。それで合併がオジャンになった例もたくさんあるからねぇ。日本地図がどんどん塗り替えられていき、覚えるヒマもない今日この頃である。

岩手・宮古市が元祖!沖縄の合併新市名「宮古」に反発(読売)
posted by atsu at 00:20| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース−社会 市町村合併 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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