2010年08月25日

幕末生まれの方々

戸籍上は生存、5125人=152歳男性も―大阪市(時事)

 全国で高齢者の所在不明が相次いでいる問題で、大阪市は25日、同市内に本籍地があり、戸籍上は生存している状態になっている120歳以上の高齢者が5125人いると発表した。最高齢は、江戸時代の1857(安政4)年9月4日に生まれた152歳の男性。いずれも住所地は不明という。

 内訳は120歳代が3953人、130歳代が1093人、140歳代が77人、150歳代が2人。今後は大阪法務局と協議の上、職権で除籍する手続きに入る。

 市民部によると、同市は2008年度に市内24区が保有する戸籍簿の電算化に着手。システムの完全運用を開始した今年8月になって調べた結果、判明したという。

 また、愛知県高浜市では、1867(慶応3)年生まれの142歳の女性が戸籍上、生存している状態になっていることが、同市への取材で分かった。同市に住民登録はなく、生存は確認できないという。全国で相次ぐ高齢者の所在不明問題を受けて、市が調査を実施。この結果、この女性を含め、戸籍上は生存している100歳以上の高齢者が29人いた。 



<高齢者不明>三重・志摩で163歳男性「生存」(毎日)

 三重県志摩市で、江戸時代末期の1847(弘化4)年生まれの163歳の男性が戸籍上、「生存」している状態になっていることが25日、市への取材で分かった。市によると、住民登録はされておらず、同じ状態の市内の100歳以上の高齢者は、この男性を含め、124人いた。

 市は04年10月に旧志摩町など5町が合併して誕生し、この男性は旧志摩町に記録されていた。市は合併に備え、04年8月に戸籍を電子データベース化したが、そのまま記録が引き継がれていたらしい。今後の対応について市市民課は「法務局の指示を仰いで決めたい」と話している。【林一茂】





 いやあまったく、出るわ出るわ。すごいね。住民登録はもちろん消えてるからそんなに実害はないけれど、日本の戸籍にここまで屍人が含まれているとは思ってませんでした。さすがに国勢調査とかがあるから人口にはカウントされてないでしょうが、軽くショックです。

 安政生まれだの弘化生まれだの、これはもう高齢者というよりも歴史上の人物ですよ。だって弘化4年(1847年)っつったら、篤姫様もまだ10歳やそこらのときなんですよ。江戸幕府がなくなって明治になったときには既に20歳くらいだったわけで、明治が終わったときには既に還暦を過ぎてる。思うんですがこの方、昭和の初期には既にお亡くなりだったんじゃないですかねえ。もしそうならば、公務員の怠慢ってレベルでもない気がします。そんな昔のことで責められたらちょっと気の毒。

 しかし、わずか150年遡ると時代はまだ江戸なんですから、この100年ちょっとの間にずいぶんと世界は変わったものですわね。文明開化から30年そこらの間に日本は日清、日露のふたつの戦争を経験し、いずれも勝利をおさめてるわけですが、この30年間の変化は1980年から2010年までの30年間の比にならないと思います。当時の日本人は、この急激な変化によく順応できたものですね。恐らくこの時代を生き抜いた人たちなら、現在にタイムスリップしてきてもすぐに馴染めそうな気がします。2,3カ月も経ったらネット使いこなしてたりしてw。

 今回、消えた高齢者に絡んでこういうのが発見できたことはよかったと思います。この際ですから、日本国中の戸籍を洗い直して綺麗さっぱりと掃除すべきでしょう。100歳以上にばかり目が行ってますが、それ以下でもこの世に存在していない人は多そうなので、しっかりやってほしいです。




posted by atsu at 23:13| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース−社会 その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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