2007年08月16日

進歩しているようで、やっぱり相変わらず

東亜日報「日帝時代、韓国は近代化」 多角的な見直し強調(産経)

 【ソウル=黒田勝弘】「日帝時代は暗鬱な時代ではなく、資本主義が根を下ろし、すべてが新しく始められるダイナミックな時期だった」−韓国が「日帝時代」と称される日本支配から解放された記念日の15日、韓国の有力紙・東亜日報が最近の韓国の学者のこんな主張を紹介しながら、日本統治時代の歴史を多角的に見直す必要性を強調する論評を掲載した。

 「日帝時代の再構成」と題するこの論評は洪賛植論説委員の手になる。「学界の日帝時代研究が新しい段階に入りつつある」とし、韓国で「植民地近代化論」として活発な1930年代研究などを紹介するとともに、解放記念日である「8・15光復節」は「日本に対する怒りを噴出し、過去を“他人のせい”にして終わるのではなく、歴史から教訓と知恵を学び、再び国を奪われないよう省察の日にしなければならない」と、日本非難より反省を強調している。

 論評は最近、学者、研究者の間で従来の「収奪論」に対抗し「近代化論」の成果が相次いで発表されているとし、たとえば日本統治時代の1910〜45年の経済指標の分析から「年平均の経済成長率3.7%は当時の先進国の1%より高く、人口も1633万人(10年)から2430万人(40年)に増えるなど(従来の貧困説とは逆に)経済事情はよかったという証拠が出され、収奪論で過去を認識してきた人びとを当惑させている」と指摘している。

 また20〜30年代の韓国(朝鮮)の新聞、雑誌の調査、分析から、韓国に近代文明が導入され韓国人が近代化、都市化によって変化する様子を調べ「日帝時代は必ずしも暗くなかった」とする学者の研究成果も紹介した。

 論評は「歴史の真実はおそらく“収奪論”と“植民地近代化論”の間のどこかに位置するのだろうが、最近の(両者の)論争はわれわれが忘れたがっている歴史に対する関心を取り戻すのに意味がある」としている。

 韓国ではメディアや政治・外交が依然、慰安婦問題や抗日独立運動などを素材に“暗黒の日帝時代”を強調している半面、若手の学者、研究者を中心に近年、歴史を多様、多角的に見ようという動きが出ている。





 ( ´_ゝ`)フーン 、やっと韓国人も、歴史を冷静に客観的に見つめられるようになってきたんですかね。いつまでも全てを日本のせいにしたところで、これ以上の進歩が望めないということに気付いたならそれはいいことだと思います。

 それでも、やっぱり韓国は韓国。このニュースの元記事を探しに東亜日報のHPに行ったら、思いがけずこんな記事を見つけました。




日本、端島の建築物の世界文化遺産登録を推進(東亜日報)

 日本の植民地支配期に強制徴用され、日本に連行された朝鮮人たちが滞在した建物を、日本の地方自治体が国連教育科学文化機関(UNESCO=ユネスコ)の世界文化遺産に登録しようとしていることが確認された。

 日本による植民地支配下の強制動員被害真相究明委員会(以下、真相究明委)は、日本の長崎市が、端島のいくつかの建築物を世界文化遺産指定を受けるため、ユネスコへの登録を推進していると14日、明らかにした。

 真相究明委は、日本の市民団体である「長崎在日朝鮮人の人権を守る会(守る会)」を通じてこのような事実を確認したと説明した。

 長崎市は、市のホームページでも、「1910年に建てられた端島の建築物は、日本初の鉄筋コンクリートの住居用建造物で、近代化の遺産であることから、世界文化遺産の登録を推進している」と明らかにしている。

 真相究明委によると、建築物の相当数は、1939年から1945年に強制徴用された朝鮮人約500人が、端島炭鉱で働き、日本人労働者とともに生活した場所だ。

 また、守る会が端島炭鉱の死亡者の「埋・火葬記録書」を確認した結果、当時、朝鮮人強制徴用者122人が端島で死亡し、死因は、頭蓋骨陥没、溺死、圧死などだった。

 長崎港から西南に約18.5キロ離れた端島には、海岸線に沿って4階から7階建の高さのコンクリートの建物が約10棟ある。

 同島にある端島炭鉱は、日本の三菱が所有し、太平洋戦争当時、日本で石炭生産量の最も多い炭鉱の一つだった。

 真相究明委側は、長崎市が朝鮮人強制徴用などの歴史的罪過をもみ消し、無人島となっている端島を観光地として開発しようと考えていると批判した。

 長崎市のこのような動きに対して、端島炭鉱に強制徴用された被害者の朴ジュング(87)氏は、「あの島は、高い防波堤と荒い波で脱出を考えることすらできない、それこそ生き地獄だった」と回想した。朴氏はまた、「朝鮮人たちは、戦争末期の危険な作業に集中投入され、炭鉱管理人たちの暴力に苦しんだ」と話した。

 真相究明委の李ジェチョル広報担当官は、「長崎市が、朝鮮人たちの『恨』と苦しみの残る端島を世界文化遺産に登録しようとすることは、日本政府の『暗い歴史を消す』ことと同じ脈絡である」とし、「今後、長崎市の動きによって、適切な措置を取る」と述べた。





 朝鮮人が働かされていた場所だから、軍艦島の世界遺産登録はけしからんとのたまってます。こういうのはまさに韓国クオリティですね。長崎市が「それとこれとは別」と突っぱねてくれればいいんですけど、韓国からのクレームが来たら即座に撤回しそうで嫌ですね。

 歴史の古い炭鉱やら鉱山やらは、それなりに負の歴史も刻んでいるものですよ。公害もあったし、過酷な労働もあったろうけど、それは日本人も同じこと。こんなことを言い出したら、近代の産業遺構なんてどれも文化財や世界遺産にはできなくなると思います。

 ま、軍艦島が世界遺産に相応しいのかどうかはとりあえず措いておきますけどね。私としてはいつかぜひ行ってみたいので、観光開発がなされればどちらでもいいんですが。


posted by atsu at 23:41| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史認識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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