2008年02月24日

この証言を是非生かして欲しい

集団自決、隊長はいさめた 沖縄・座間味で日本軍強制説否定する新証言(産経)

 沖縄県座間味島で起きた集団自決をめぐり、同島の村長が日本軍の隊長に集団自決をいさめられ、自決のために集まった住民に解散を指示していたことが、当時の防衛隊員の証言で明らかになった。教科書などで誤り伝えられている「日本軍強制(命令)」説を否定する有力な証言といえそうだ。

 証言したのは、座間味村で民宿などを経営する宮平秀幸さん(78)。沖縄戦(昭和20年3〜6月)の当初、15歳の防衛隊員として、同島に駐屯した海上挺進隊第1戦隊長、梅沢裕少佐の伝令役を務めていた。

 宮平さんによると、同島に米軍が上陸する前日の昭和20年3月25日午後10時ごろ、野村正次郎村長、宮里盛秀助役ら村三役と国民学校長、役場職員、女子青年団の宮城初江さんが、梅沢少佐のいる本部壕を訪ねた。

 そこで、宮里助役らは「明日はいよいよ米軍が上陸する。鬼畜米英にけだもののように扱われるより、日本軍の手によって死んだ方がいい」「すでに、住民は自決するため、忠魂碑前に集まっている」などと梅沢少佐に頼み、自決用の弾薬や手榴弾、毒薬などの提供を求めた。

 これに対し、梅沢少佐は「そんなものは渡せない。われわれの役目はあなた方を守ることだ。なぜ自決させなければならないのか。ただちに、集まった住民を解散させ、避難させよ」と命じた。

 村側はなお懇願し、30分くらい押し問答が続いたが、梅沢少佐が「おれの言うことが聞けないのか」と弾薬類の提供を強く拒否したため、村の幹部らはあきらめ、忠魂碑前に向かった。

 同日午後11時ごろ、忠魂碑前に集まった約80人の住民に対し、野村村長は「部隊長(梅沢少佐)に自決用の弾薬類をもらいにいったが、もらえなかった。みなさん、自決のために集まってもらったが、ここでは死ねないので、解散する」と話した。このため、住民たちはそれぞれの家族の壕に引き返したという。

 宮平さんは「私は、本部壕での村側と梅沢隊長のやりとりと、忠魂碑前での野村村長の指示をすぐ近くで聞いていた」と話す。

 その後、村長ら村三役や国民学校長らとその家族はそれぞれの壕で集団自決したが、宮平さんら多くの住民は自決を思いとどまり、翌26日に上陸してきた米軍に捕らえられるなどした。宮平さんは米軍の迫撃砲で左足を負傷し、自分の家族の壕に戻ったところを米軍に見つかったという。

 宮平さんはまた、梅沢少佐の元部下から生前に送られた手記を保存している。そこにも、村三役と国民学校長らが自決用の劇薬、手榴弾、ダイナマイトなどをもらいにきたが、与えるべき武器、弾薬類がなかったことが書かれている。

 宮平さんは戦後、これらの事実を話す機会がなかったが、「昨年、集団自決をめぐる教科書の記述が問題となり、真実を伝えておきたいと思った」と話している。





 これは昨日のニュースですが、他紙の反応を見てから書こうと思ったのでわざと温存しておきました。だけどその結果は、朝日・毎日・東京は当然のように完全スルーで、ちょっと期待していた読売も記事にしないという残念なものでした。せめて読売くらい、産経に追随してほしかったものです。

 実際、これはすごい証言ですよ。「軍命があった」とする証言は、また聞きのものが多いのですが、これは梅沢少佐のすぐそばにいた人の証言です。今まで口をつぐんでいたのが残念なくらいですが、沖縄マスコミは軍側にいた人の話を聞かないので仕方ありません。渡嘉敷にいた知念さんという人など、一切取材されていないのに「鉄の暴風」に自分の心境を勝手に書かれたくらいですから。軍に近いところにいた人は無視し、出所不明で当時はまだ幼児だった人の証言だけを重要視するのが沖縄およびサヨクマスゴミの常套手段です。

 いくつか左寄りのブログも巡回しましたが、この件についてはほとんど触れられていません。産経新聞をチェックすらしないので記事自体の存在を知らないのか、知っていても「軍にいた人間の言うことなど信じられるか」とハナから否定しているのでしょう。でも、宮平さんは正式に軍に所属していた人ではなく、沖縄の人々から募集された防衛隊員です。もしも梅沢少佐が本当に自決命令とやらを出していたのなら、沖縄出身者である宮平さんが「軍命はなかった」などと言うはずがないと思いませんか。むしろ率先して、軍命はあったと証言していると思うんですが。

 ちょっと前の沖縄タイムスの記事を見ると、つい先月末に座間味で新しい証言集の発刊記念集会が開かれたようです。新しい証言集と言っても宮平さんの証言が書かれているのではなく、「集団自決が起こった背景に日本軍の強制があったのは明白」というような証言がたくさん載っているようです。今回宮平さんが口を開いたのは、このような動きがあったせいなのかもしれませんね。同時に、狭い島の中で宮平さんが孤立しないか心配であります。(ソース:悲劇の島から史実訴え/座間味村が証言集 1月31日付け沖縄タイムス)

 宮平さんには是非、梅沢少佐や故・赤松大尉の弟らが大江健三郎を訴えている裁判でも証言して欲しいですね。集団自決が起こったのは事実ですが、少なくとも渡嘉敷・座間味の二島においては、軍による命令などなかったと改めて強く主張します。

【追記】

 先の「11万人集会(笑)」で、高校生の参加者が「おじい、おばあがウソをついていると言うのでしょうか」てなことを言ってました。宮平さんにもきっとお孫さんがいらっしゃることと思いますが、宮平さんの言っていることは沖縄ではウソをついていると言われるのでしょうか。これまで、証言こそが最大の証拠だと言い張ってきた連中が、宮平さんの証言をどう受け止めるのか見物です。


posted by atsu at 22:51| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史認識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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