昨日の「正論」に引き続いて、今日はついつい「SAPIO」を買ってしまった。もう、朝日虚偽報道問題を扱った媒体があると読まずにはいられない。文藝春秋の「諸君!」も明日あたり買ってしまいそうである。誰か止めて〜〜。
ま、朝日が同じ答えばかり繰り返している現状(この件について、goriさんの「
Irregular Expression」では
朝日社説を茶化した素晴らしいエントリを寄せていた。必読!)では、情報を他社に求めるしかない。朝日擁護のメディアがほとんどないだけに、朝日を攻撃するメディアが目立つ。実によいことだ。
だが今日はソチラの問題はさておいて、以前あったビラ配り問題について触れたいと思う。「正論」3月号に「冗談でも笑えぬ朝日社説の『郵便受けの民主主義』」という記事があることは昨日のエントリでも紹介した。この記事で筆者の稲田朋美氏は、題にある問題の朝日社説が、朝日のダブルスタンダードぶりを露呈させる大きな証拠であることを見事に暴いた。
件の社説は、昨年12月16日に立川ビラ配り事件で被告が無罪判決を勝ち取ったことを受け、翌17日に朝日が意気揚々と掲載したものである。この問題を社説で扱ったのは朝日だけだったことからも、朝日がいかに半狂乱だったのかが分かる。それほど嬉しかったのだろう。
この社説の中で朝日はこう述べている。(以下抜粋)
そもそも身柄を拘束したり、起訴したりする必要のない事案だった。2月末に逮捕され、5月まで75日間も勾留し、公判は8カ月に及んだ。無罪の結論を出すのが遅すぎたくらいだ。
住居侵入に当たる行為ではあるが、配り方は強引ではなく、住民にかけた迷惑も少なかった。刑罰をもって報いるほどの悪事ではない。判決はそう結論づけた。明快な判断である。
自分の気に入らない意見にも耳を傾けてみる。それは民主主義を支える基本である。派遣を控えた自衛隊員にとっても、同僚や家族と全く違う意見を目にするのは無駄にはならないはずだ。くだらない意見だと思えば捨てればいい。
逮捕は行き過ぎだということは、私もこの報道があったときに「
言論弾圧はナンセンス」で述べた。ただ、今ではちょっと甘すぎる意見を書いたことに後悔している。私は「反対意見を封じ込めることは罪」だと主張したが、当の左翼メディアが反対意見の封じ込めを日常的に行っているからだ。朝日を筆頭に、左の方が運営してらっしゃるブログも、反対意見を聞こうともしない。左がそんな態度でいる以上、こっちも折れるべきではなかった。
話がちょっと逸れた。この社説に対し、稲田氏が強烈に突っ込んでいるのは、太字で示した点についてである。朝日は、自分の気に入らない意見に耳を傾けているのかということだ。
朝日は立川で逮捕された3人を完全に擁護し「言論のためならビラ配りは自由!」「郵便受けには民主主義がある!」と声高に叫んだわけだが、稲田氏はここに発生している矛盾を見逃さなかった。かつて朝日が、ビラによる政治活動を批判した記事を書いていたことを暴露したのだ。
その記事は平成11年12月4日の大阪版朝刊に掲載された。架空の人々がニュースについて談義するという形式の記事だったらしく、和夫さん(49)、信子さん(42)、雅美さん(44)というメンツが登場していた。記事は、和夫さんのマンションの郵便受けに、あるビラが投函されていたというくだりから始まる。
そのビラとは、和夫さんの息子が以前通っていた学校の教師を「日の丸・君が代に反対しているけしからん教師がいる」として糾弾するものだったという。それを見て、和夫さんが言う。
「地域の住民を巻き込んで、学校で何か問題があったのだろうか、と思わせるのが狙いなのでしょうね」
信子さんも言う。
「日の丸・君が代には、色々な考えの人がいるけど、お母さんは、
こんなビラはひきょうで卑劣やと思う」
続いて雅美さんも言う。
「このビラのように一方的に相手を批判したり、日の丸の掲揚を無理に押し付けたりするのはおかしいと思う。
過激なやり方はいい結果を招かない。もっともっとオープンに議論し、みんなで考えていくべき問題だと思う」
3者が3者とも、ビラを撒くという言論活動について否定的ではないか! これは驚いた。この記事から約5年後、まったく正反対の社説を載せるのだから朝日は素晴らしい新聞社である。朝日はこうも書いている。
「ビラを周辺の住宅に配る手法は、成田空港建設に反対する三里塚闘争で、過激派が運輸省や公団を攻撃するために使ったことを思い出させる」
うわぁ、朝日はこの時点でしっかりと、「ビラ配りは過激派の手段」だと認めてるじゃないか。なのにどうして、立川の件ではビラを配った人たちを手放しで擁護できるんだろうか。過激でひきょうな手段なんじゃなかったの??
稲田氏は朝日をこうバッサリと斬っている。
ビラの中身が「自衛隊派遣反対」「共産党」なら民主主義の基本として憲法が保障する表現の自由の恩恵を受け、「国旗、国歌に反対する教師の批判」なら「過激派」「ひきょうで卑劣」「一方的」として排除されるというのは思想信条による差別にあたる。
まさにこれに尽きよう。だが、朝日はこれを常に行っている偏向新聞社なのだ。自分に都合のいい情報は捏造・歪曲してでも記事にする。自分に都合の悪い情報や批判には無視を決め込むか、「言論への圧力」という言葉を振りかざして逆ギレする。今回の虚偽報道問題もこの法則にきっちり当てはまるものである。ジャーナリズムの風上にも置けない。
やはり、朝日が守る「言論の自由」とは、左翼の意見にしかないことがはっきりした。朝日曰く、右翼には一切の言論の自由はない。左翼はビラを配ってもいいが、右翼は許されないのだ。
もしも今後、右翼がビラを配って逮捕される事態が起きたりしたら、朝日は記事にするにあたってビラを撒かれた家の住民にこう取材するはずだ。
「ビラを受け取れって強要されたでしょう」「ビラを撒いていた人は威圧的で、恐怖を感じさせたでしょう」本田雅和ならこういう取材方法を取るはずである。で、「住民が多大なる迷惑を被ったので、逮捕は当然」と社説に書きそうだな(笑)。
さあ、ではまたこの格言をみんなで唱和して、終わりとしましょうか。せーのっ、
左が言えば抗議でも、
右が言えば圧力。