2006年03月31日

国立のマンション訴訟終わる

国立マンション訴訟、住民の景観利益認める…敗訴確定(読売)

 東京都国立市の高層マンション(14階建て、高さ約44メートル)を巡り、周辺住民49人などが、建築主の明和地所(渋谷区)などを相手に、「並木道の景観が破壊された」として建物の一部撤去を求めた訴訟の上告審判決が30日、最高裁第1小法廷であった。

 甲斐中辰夫裁判長は、「良好な風景として歴史的・文化的環境を形成している都市景観は客観的な価値があり、住民がその景観を日常的に享受する利益(景観利益)は法的保護に値する」との初判断を示した。

 今回のケースについても、「街路樹と街並みの調和がとれている」と述べ、原告に景観利益があることを認めたが、問題のマンション建設が違法な利益侵害とまでは言えないとして、請求棄却の2審・東京高裁判決を支持して上告を棄却、住民側敗訴が確定した。

 最高裁が景観利益を認めたことで、各地で景観侵害を訴える住民が、司法に救済を求める道が開かれた。

 判決は、景観利益が違法に侵害されたと言えるのは、<1>刑罰法規や行政法規に違反している<2>公序良俗違反に当たる――など、社会的に許されない侵害行為があった場合に限るという基準も示した。その上で、問題のマンションについては、「建設当時の行政法規などに違反しておらず、容積と高さを除けば景観の調和を乱すような点は認められないから、社会的に許されないとまでは言えない」とし、違法性を否定した。





 敗訴にもかかわらず原告が喜んでいるあたり、何だか福岡地裁と大阪高裁における靖国訴訟みたいで少々胡散臭く感じるところがあるが、まあ妥当な判決ではないかと思う。景観を大事にしようという主張が認められたのは、原告にとって確かに収穫だったろう。

 私は正直、いろんな建築様式の建物がごった煮になっている日本の都市には守るべき景観なんてものはないと思っているので、元々この訴訟には疑義を持っていた。実際に国立のマンションを見に行ったこともあるが、「え? たかがこんなマンションであんなにもめてるの?」と思ったものである。確かに、高層の建物がない大学通りにおいては目立つものの、あのマンションが周辺の景観を著しく破壊しているとまでは思えなかった。でも、今になってみれば、景観を守ろうとした原告たちの気持ちも多少は理解できる。あの頃の私は「20メートルより上を撤去せよ」などというトンデモ判決のせいで、冷静さを失っていたのかもしれない。

 国立の市民が、景観を大事にしていることはよく分かった。しかし、それだけに解せないことがひとつだけある。

後ろのマンションが超目障り


 上の写真は、現在駅舎の保存問題でもめているJR国立駅であるが、問題はその後ろにそびえ立つマンション。このマンション、私としてはすげー景観を破壊していると思うんだけど。せっかくの三角屋根が、このアングルから撮るとすっかり背景とかぶさってしまうのよ。青い空と三角屋根が重なれば、もっと良い写真になるのに!

 ちょっと調べてみたが、このマンションに関しては「景観! 景観!」と騒いでいる市民団体もほとんどノータッチらしい。例の大学通りのマンションよりも、よっぽど目障りなんだけど、見過ごされているのは実に不思議だ。向こうより、こっちのほうを先に訴えるべきだったと思う。


posted by atsu at 21:36| 東京 ☀| Comment(5) | TrackBack(1) | ニュース−社会 裁判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月16日

国民って、けっこう辛いですね

量刑意識、国民にばらつき…最高裁が調査(読売)

 2009年に実施される裁判員制度に向け、最高裁の司法研修所は15日、刑事裁判の量刑に関する国民と裁判官の意識を比較した調査結果を公表した。

 殺人事件の量刑について、国民の意見が死刑から執行猶予付きの懲役刑まで大きなばらつきがあったのに対し、裁判官は互いに似通った意見を示すなど、両者の違いが鮮明になった。最高裁は制度開始に当たり、裁判官に調査結果を重要な参考資料としてもらう方針だ。

 調査は、前田雅英・首都大学東京教授(刑事法)と現役の刑事裁判官が中心となり、昨年8〜9月にアンケート形式で行った。対象は、東京、大阪、仙台など全国8都市で無作為抽出した国民1000人と、刑事裁判を担当する地裁・高裁の全裁判官766人。

 調査では、金銭トラブルや心中、暴力団抗争など、10種類の殺人事件のシナリオを用意。それぞれふさわしい量刑を、死刑から執行猶予まで10段階の選択肢で聞いた。その結果、国民は全事件で回答が分散。一方、裁判官は、それぞれの事件で狭い範囲に8〜9割の回答が集中していた。

 また、犯行の計画性や前科など事件の性質を示す複数の要素について、量刑を重くする事情なのか、軽くする事情なのかを聞いたところ、〈1〉被告が少年〈2〉飲酒で判断力が低下〈3〉被害者が配偶者――の3要素では、「重くする」とした国民が目立ったのに対し、裁判官は「軽くする」との回答が多かった。少年事件や家庭内の事件について、重罰を求める国民の意識が浮かび上がった。





 このアンケート結果は、実に興味深い。一般人の感覚と、裁判官の感覚がいかに乖離しているかがよく分かる。

 というわけで、私もこのアンケートの答えてみようと思う。

(1)被告が少年だった場合

重くする

 最近の少年事件は、終戦直後に食うのに困ってやむを得ず罪を犯した少年たちとはわけが違うのだから、もはや少年であることが減刑の理由になどならない。むしろ、少年であることを逆手にとって凶悪犯罪に手を染める輩もいるのだから、少年犯罪には今以上に厳しく向き合うべきである。

(2)飲酒のため判断能力が低下していた場合

どちらでもない

 酒を飲んで、衝動的に殺人を犯してしまうことも多いだろうが、それによって罪を重くするとか軽くするとかいうのはちょっと違う気がする。軽くなるんなら、計画的殺人でも酒を飲んで酔っ払ってからやればいいことになっちゃうし、重くなるんなら、酒乱の気がある人は危なっかしくて仕方ない。酔ってたかどうかは量刑と関係ないと思うね。

(3)被害者が配偶者の場合

どちらでもない

 これもケース・バイ・ケースでしょ。例えば、最近増えている介護疲れからの殺人、特に老老介護の場合は、限りなく無罪に近い刑でいいと思う。配偶者からのDVを受け、命の危険を感じて殺してしまった場合も減刑でよい。でも、保険金のためにインスリンを投与するような輩は極刑でいいよ。


 このアンケート、できれば全部に回答してみたいね。何だか、裁判員制度というものに興味が出てきた。私にやらせてくれりゃあ、凶悪犯どもをビシバシ重刑に裁いてあげるんだけどな。でも、こういう考え持ってると、きっと選ばれても適正検査みたいので落とされるだろうね。
posted by atsu at 23:20| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース−社会 裁判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月15日

被害者の人権など露ほども思慮しない、エセ人権派弁護士

欠席弁護人の処分求める 光市母子殺人の遺族(産経)

 山口県光市の母子殺害事件で殺人罪などに問われた当時18歳の元少年(24)の上告審弁論が、弁護人の欠席で開かれなかった問題で、本村洋(もとむら・ひろし)さん(29)ら遺族は15日、「正当な理由なく裁判を遅らせた」として、欠席した安田好弘(やすだ・よしひろ)、足立修一(あだち・しゅういち)の両弁護士が所属する第二東京弁護士会と広島弁護士会に処分請求書を送った。

 請求書で遺族側は、上告審弁論への欠席が故意の裁判遅延か正当な弁護なのか―などの点について、各弁護士会が見解を示し、早急な審査と懲戒処分をするよう求めている。

 両弁護士は、今月初めに前任弁護士と交代。裁判準備や日弁連の仕事で多忙なのを理由に弁論期日を延期するよう求めたが、最高裁第三小法廷に却下され、14日の弁論に出頭しなかった。





 今日は一日、このニュースで腹が立って腹が立って仕方なかった。まったくもって許しがたい話である。

 この安田好弘なる弁護士、熱心な死刑廃止論者だそうだが、まさに死刑廃止論者の底を見た思いだ。彼らは結局、殺された被害者とその遺族の命や人権などどうでもよく、冷酷で残虐なる殺人者の命と人権のほうが大事なのだ。国による合法的な殺人を問題視し、殺人鬼の無法殺人を寛大な心で赦そうってんだから、頭がトチ狂っているとしか思えない。彼らは、日本を殺人鬼たちのパラダイスにし、混沌の世界を創り出そうとしているのではないのかと勘繰りたくなるほどだ。

 本村氏の怒りは痛いほど理解できる。弁護士の行為は彼ら遺族を侮辱するに等しい行為であり、到底許されるものではない。法曹関係者が最優先すべきは現実の裁判であるはずなのに、模擬裁判のリハーサルなんぞを優先させるとは何たることか。死刑を何とか回避させるためにこのようなやり方をしたとの推測もあるが、あながち間違ってはいないのではないか。いずれにせよ、彼が弁護士として失格であることだけは間違いない。

 だいたい、本村氏らはこの日のために、わざわざ山口県光市から遠路はるばる上京しているのである。交通費だってバカにならない。安田弁護士は、最低限その費用だけでも弁償すべきである。手前の勝手な都合で彼らに無駄足を踏ませたのだから、賠償金というカタチにしたっていいくらいだ。

 しかし、死刑反対論者の弁護士というのは、いったいどこまで本気なのだろうか。それほどまでに強く死刑廃止を訴えるのならば、自分の家族が無惨にぶち殺されたときには、ぜひその犯人の弁護人を率先して引き受け、死刑には処さないでくれと涙ながらに叫んでほしいものだが、そこまでの覚悟はあるのかねぇ。

【追記】

 日刊スポーツの当該記事のみが報じているが、本村氏は安田弁護士の「死刑でも遺族の気持ちは癒やされない」という主張に対し、

「余計なお世話。死刑の無意味さを訴えるのはいいが、犯罪防止のために取り組んでいることはあるのか」

と批判している。もっともな話で、死刑で遺族の気持ちが癒やされるか癒やされないかを決めるのは、当の遺族たちなのである。何も弁護士が、死刑執行後の被害者の心情まで配慮する必要はない。配慮するのなら、むしろ死刑を望む遺族に対してするべきだ。

 それに、気持ちが癒やされる癒やされない以前に、自分の大事な人を殺した犯人が、今ものうのうと生き長らえていることが許せないということもある。そんな煮え切らない気持ちが、死刑によって多少緩和されることだってあるだろう。安田弁護士は、そんなことも分からないのだろうか。司法試験の難関を突破した際に、人間としての心を落っことしてきたように思えてならない。
posted by atsu at 23:25| 東京 ☀| Comment(25) | TrackBack(2) | ニュース−社会 裁判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月19日

落書きは言論活動ではない

建物への落書きは「建造物損壊」、最高裁初判断(読売)

 公園のトイレにペンキで「戦争反対」などと落書きしたとして、建造物損壊の罪に問われた東京都杉並区の書店員木下正樹被告(27)に対し、最高裁第3小法廷(浜田邦夫裁判長)は、上告を棄却する決定をした。

 決定は17日付。懲役1年2月、執行猶予3年とした1、2審判決が確定する。建物への落書きに建造物損壊罪が成立するとした最高裁の初判断で、同小法廷は「建物の外観や美観を著しく汚損し、原状回復に困難を生じさせたのは、損壊に当たる」と述べた。

 壁を壊すなど建物の機能を損なった場合は明らかに同罪が成立するが、落書きについては明確な司法判断がなく、拘留(30日未満)と科料(1万円未満)の罰則しかない軽犯罪法違反を適用することが多かった。今後は、5年以下の懲役が科される同罪を適用しやすくなり、商店街のシャッターなどへの落書きが社会問題化する中で、抑止効果が期待できそうだ。

 1、2審判決によると、木下被告は2003年4月、杉並区の区立公園内にある公衆トイレの外壁に、赤や黒のスプレー式のペンキを使って、「戦争反対」「反戦」などと大きな文字で落書きした。

 弁護側は、「落書きがあったからトイレを使用できないと思う人はおらず、建物の機能を損なっていないから、建造物損壊罪は成立しない」と無罪を主張していた。





 落書きは、どこまで行っても落書きに過ぎない。芸術性やメッセージ性など関係なく、全ての落書きは迷惑行為そのものである。

 反戦を訴えたいこの青年の気持ちは酌んでやろう。しかし、公共のトイレを無断利用してその言論の自由を行使する権利は君にはない。どうしてもやりたいのなら、自分の家の外壁(借家の場合はダメよ)か、自分の車にでも大きく「戦争反対!」と書けばよい。そんな車で走れば、きっと街行く人たちの注目を買い、自分のメッセージを社会に伝えることができたはずだぞ。

 しかし、弁護士たちの論理はイカレているとしか思えない。「落書きがあったからトイレを使用できないと思う人はおらず、建物の機能を損なっていないから、建造物損壊罪は成立しない」と言うが、私なら落書きがしてあるトイレには怖くて入りたくない。入れないということはトイレとしての機能が損なわれているわけであり、そのせいで私が漏らしてしまったらそれはこの青年のせいである。私のほかにも、落書きだらけのトイレに恐怖を感じる人は多いはずだ。落書きが多いということは、その近くに不審な輩が跋扈している証拠なのだから。

 まさか、割れ窓理論を知らないわけではないだろう。かつて落書きまみれだったニューヨークの地下鉄が犯罪の巣窟だったように、落書きの多さは治安の悪さにつながる。落書きを厳しく処罰することは全体の防犯にも役立つことであり、どんな落書きだろうと許すことはできない。勝手に描かれる身にもなってほしいものである。

 mumurさんによれば、この青年を多くの反戦団体が擁護しているそうである。いつも思うが、どうして彼らは「我らの正義のためなら何をやってもよい」という不遜な態度を貫くのだろうか。そのうち、平和のためなら自衛隊員を殺したりもしかねんとマジで思う。好き勝手やっておいて、それを咎められれば「思想弾圧だ!」と叫ぶんだから呆れるよね。

 繰り返すが、落書きはどんなものでもクソ。私は、仮に私と主張の合う「女系天皇反対」「人権擁護法反対」という落書きをした輩がいたとしても、そいつを擁護するつもりなど毛頭ないと断言しておく。

mumurブログのコチラの記事も併せてお読みください。
posted by atsu at 20:14| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(3) | ニュース−社会 裁判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月04日

短くても、立派な著作物ですよ

「サウンドロゴ」は著作物? 作曲家が住生提訴(朝日)
2006年01月04日15時35分

 「すみともせいめい〜」という約2秒半のCM用「サウンドロゴ」をつくった作曲家が発注元の住友生命に対し、著作権の存在確認や使用料と賠償金計500万円の支払いを求める訴えを東京地裁に起こした。「サウンドロゴ」はCMで企業や商品の名を印象づける短い音楽。住友生命は「サウンドロゴは著作物ではない」と主張し、作曲家は「短くても独立した音楽作品」と反論している。

 訴えたのは生方(うぶかた)則孝さん(46)。「内容の無い音楽会」などの作品を制作する一方、「三井のリハウス」(三井不動産販売)のサウンドロゴ制作などでも知られる。

 住友生命のサウンドロゴ制作を受注したのは86年。女声四重唱で「住友生命」と歌う約2秒半の音楽で制作費は15万円だった。契約書は交わさなかったが、生方さんによると、当時の相場では1年間使う場合の報酬の約2倍だったといい、3〜5年間は使われるのだろうと思ったという。

 だが、このサウンドロゴは87年から95年まで8年間使われ続け、さらに一昨年4月、ほぼ同じメロディーで別の音楽家が編曲し直したロゴ入りのCMが再登場した。

 生方さんは住友生命に協議を申し入れたが、昨年6月に同社が断ったため提訴に踏み切った。「CM音楽業界では制作者の権利がないがしろにされがちで、誰かが声を上げないと改善されません」と話し、「短い秒数で印象的に訴えるには経験と技術が必要です」と独自性を主張している。

 住友生命調査広報部は「訴状を確認していないのでコメントできません」としている。サウンドロゴについては「6月の時点で著作権に詳しい複数の弁護士に照会しましたが、『漢字4文字の社名を歌っているだけで創造性はない』という見解でした」といい、著作物とは考えていないと話している。

 音楽著作権に詳しい荒竹純一弁護士は「サウンドロゴを著作物とみなすかどうかについての判例はなく、極端に短いメロディーは他の楽曲の一部と一致しても不思議ではありません」とし、権利を広く認めることには慎重な姿勢だ。

 一方、「青春時代」などのヒット曲で知られ、数多くのCM音楽も手がけた作曲家森田公一さんは「作曲は短いほど難しい。長くしゃべるより短い言葉で核心を突く方が難しいのと同じです」と話す。森田さんが約30年前に作った明治乳業「明治ブルガリアヨーグルト」のサウンドロゴは今も使われ、同社ウェブサイトで作曲者として楽譜つきで紹介されている。





 これだけJASRACが幅を利かし、音楽著作権に小うるさいこの日本なのに、サウンドロゴってのはずいぶんと軽視されているものなんだね。いくら短い曲とはいえ、約20年も使っている音楽がたったの15万円で買い叩かれたっきりそれまでとは。キャッチコピーですら著作物と認められるこの時代に、サウンドロゴは未だに安い扱いを受けているんだなぁ。

 住友生命が、自社の社員にこのサウンドロゴを作らせたのなら別にいい。だけど、これを作曲したのは外部の人でしょ? 契約書も交わしていないという時点でこの作曲家さんも脇が甘いとは思うけど、一回金を払っただけで20年も使えちゃうものなんだね。サウンドロゴの出来がいいから住友生命もこんなに長く使っているんだと思うけど、こんなことがずっとまかり通ってきたとすればCM作曲家って人たちも大変だよね。普通なら、自分の作った曲が使われれば使われるほど使用料が入ってくるのが当たり前なのに。

 住友生命側もあんぽんたんな回答を寄せているよね。「漢字4文字の社名を歌っているだけで創造性はない」って言ってるけど、問題にされているのは歌詞じゃなくてメロディーのほうだから。そりゃあ「住友生命」っていう社名には創造性がないだろうけど、「ミミミミラファソ♪」っていうメロディーには創造性あるっしょ。簡単なようでいて、この手の短い曲は誰にでも作れる代物ではなくってよ。

 朝日の記事中にも出てくるけど、「明治ブルガリアヨーグルト♪」のサウンドロゴを作曲した人ってのもすごいよねぇ。日本人なら、多くがこの曲を口ずさめるはずである。未だに古さを感じさせない曲だと思うけど、もう30年も使われているとはびっくりだ。素晴らしいサウンドロゴってのは、何年経っても陳腐化しないものなんだね。「明治ブルガリア用具入れ♪」って嘉門達夫に替え歌にされているくらいだからなぁ。
posted by atsu at 23:48| 東京 ☀| Comment(3) | TrackBack(1) | ニュース−社会 裁判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月09日

もう私は容赦せんぞ

立川反戦ビラ配布 市民運動3人に逆転有罪(東京新聞)

 自衛隊イラク派遣反対のビラを配るため、東京都立川市の防衛庁宿舎に無断で立ち入ったとして住居侵入罪に問われ、東京地裁八王子支部で無罪判決(求刑懲役六月)を受けた市民団体のメンバー大洞俊之(48)、高田幸美(32)、大西章寛(32)の三被告に対する控訴審判決が九日、東京高裁であった。中川武隆裁判長は「ビラによる政治的意見の表明が言論の自由で保障されるとしても、宿舎の管理権者の意思に反して立ち入ることはできない」と述べ、一審の無罪判決を破棄し、大洞、高田両被告に二十万円、大西被告に十万円の罰金刑を言い渡した。三被告は判決を不服として上告した。 

 中川裁判長は、宿舎に関係者以外立ち入り禁止の表示がありながら、三被告がビラの投かんを繰り返したと指摘。

 「被害の程度が軽微だったとはいえず、罰することができる違法性がないとはいえない。表現の自由が尊重されても、他人の権利を侵害して良いことにはならない」と述べた。

 一審判決は「立ち入り行為は住居侵入罪の行為に該当するが、刑事罰に処するほどの違法性は認められない。ビラ投かんは憲法の保障する政治的表現活動」として、三被告に無罪を言い渡した。

 検察側は控訴審で「居住者はビラで不安感や不快感を抱いていた。思想を外部に発表する手段でも、他人の権利を害することは許されない」と主張した。弁護側は「三人の起訴は公訴権の乱用」と無罪を求めた。

 判決によると、三被告は昨年一月、自衛隊宿舎の敷地に入り、各戸の新聞受けにビラを投かんした。大洞、高田両被告は同年二月にも投かんした。

 立川のビラ配布事件以降、警視庁管内では少なくとも六人が、政治的なビラを配布して住居侵入容疑などで逮捕されている。





 結論から言おう。今回の判決、妥当である。裁判長の言った「ビラによる政治的意見の表明が言論の自由で保障されるとしても、宿舎の管理権者の意思に反して立ち入ることはできない」という言葉に、その理由の全てが集約されている。

 この裁判の一審判決の際、私は彼らに多少同情し「言論弾圧はナンセンス」というエントリを書いた。しかし、今ではこれを後悔している。やはり、身勝手なサヨク市民団体などを擁護するべきではなかった。

 一時は理解を示した私の考えがなぜ変わったかというと、その原因は彼らの態度にある。あの無罪判決のあと、彼らはそれをいいことに助長した。あちこちの学校やマンション、区役所などの敷地内でビラを配っては逮捕される事件が相次いだが、それはまるで「私たちにはビラを配る権利がある! あなたたちは黙って受け取らなければならないのよ!」と言っているようにしか思えなかった。性懲りもなく敷地内に侵入しては逮捕されることを繰り返すところを見るにつれても、「コイツラ、自分たちが被弾圧者だとアピールするためにわざとやってないか?」と疑わしくなり、ほとほと嫌気が差したのである。

 イラクへの自衛隊派遣に反対するのは結構だ。かく言う私だって、アメリカへの義理立てはもういいだろうと思っている一人である。しかし、目的のためなら手段を選ばないというのは賛成できない。ビラを配りたいのならば、ちゃんと道路使用許可を取って路上でやるべきである。それなのに逮捕されるようなことがあれば、そのときは私も抗議の声を上げるだろう。しかし、彼らのやり方は常軌を逸している。どうして、ビラを撒かれるのを嫌がる自衛隊員の官舎まで押しかけてしまうのかが理解に苦しむ。

 それが言論の自由だから許されると言うのならば、それでは彼らの家に執拗に「自衛隊派遣賛成! 日の丸・君が代の徹底賛成! 憲法改正賛成! 女系天皇反対!」などのビラを撒いたら受け入れてもらえるのだろうか。「言論の自由」を声高に叫んでいるのだから受け入れるのが筋というものだろうが、そこは受け入れないのが彼らのクオリティである。気に入らない意見を排除するのは、どちらかと言うと彼らのことではないかと思う。

 まあ、彼らが無罪だろうが有罪だろうが私にはたいして関心がない。即刻上告したそうだが、せいぜい最高裁まで頑張ってみればいいと思う。そこで最終的な審判が下ると思うから、そのときはその判決を粛々と受け入れるように(敗訴したときはどうせ、「不当判決だ。この国の司法は死んでいる!」とか言って騒ぐんだろうケドな)。



関連エントリ

ビラの配り方を考えてみよう

すごく面白い視点からこのニュースを捉えているブログがあったので紹介しときます。

こっそりとおひっこし より「裁判

posted by atsu at 22:43| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(1) | ニュース−社会 裁判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月17日

キャバ嬢は髪が命

「短く切りすぎ…」 髪は命、美容院に賠償命令(産経)

 東京・歌舞伎町のキャバクラに勤める女性(27)が「美容院で希望に反して髪を短くされ、収入も減った」とし、都内の美容院経営会社に慰謝料など600万円を求めた訴訟の判決で、東京地裁の水野有子裁判官は16日、「女性は髪をアピールポイントとしていたのに自信が持てなくなった」と述べ、慰謝料約24万円の支払いを命じた。

 判決によると、女性は昨年4月、渋谷区の美容院で髪を切る際、「巻き髪やアップにできるよう、最も長い部分の長さは残す」などと注文。しかし、カット後は頭頂部が約7センチの短さになり、付け毛などでカバーせざるを得なかった。

 水野裁判官は「美容師が十分な確認を怠り、結果として意に沿わない髪形となった」と過失を一部認め、「容姿の美しさが重視される職業で、髪形は大きく影響する。女性は接客にも自信が持てなくなった」と述べた。





この記事を読んで、キャバクラ嬢という職業もすっかり市民権を得たんだなと思った。キャバ嬢に対して最大限の理解を示し、最大限の配慮をした画期的な判決だと思う。

 今回の裁判長が女性だからという面もあるだろうが、それにしても「客に髪を切ったと知られないためのエクステ代が高くついた」とか「そのために同伴出勤ができなくなり、収入が落ちた」などというキャバ嬢特有の事情も加味してくれたのはすごい。話の分からない裁判長だったら「髪を短く切られた程度で、キャバ嬢の仕事にそれほどの支障が出たとは認められない。よって棄却」という判決が出てもおかしくはなかったと思う。

 まあしかしこの美容師さんも、いったい何で長い髪を7センチの長さまでにカットしてしまったんだろうね。7センチといったらかなりのショート。長い髪が自慢だった彼女にとっては、それを意図に反して切られるのはよほどの苦痛だったに違いない。髪はいつかまた伸びるし、エクステ付けて誤魔化すことだってできるけど、でもやっぱり腹が立つよね。美容師が新人なのかベテランなのかは分からないけど、いくら何でも間違えすぎだ。

 彼女は、その美容院に行ったのは初めてだったんだろうか。考えるに、いつも担当してもらっている美容師さんだったらこんなミスはしない気がする。私は上京以来5年間、同じお店の同じ美容師さんに切ってもらっているが、ここまで通いつめるとオーダーもツーカーで済むからすごく楽。向こうも私の好みの髪型を分かっているから、私も信頼して頭を託すことができる。切られているあいだに不安にかられることもないから、今後も何もない限りは美容院を変えるつもりはない。自分が満足できる美容院を見つけることって大事だね。

 キャバ嬢さんの話に戻るが、キャバクラの世界ってのはシビアなものなのね。彼女の思い込みなのかもしれないが、髪が短くなったくらいで人気が落ちてしまうんだから。私の貧相なイメージでは確かにショートのキャバ嬢ってのは思いつかないけど、ショートじゃダメなのかね? 彼女は必死に髪を切ったことを隠そうと努力していたみたいだけど、世の中にはショート好きな男性だってけっこういるからそれはそれでウケたかもしれないのに。ま、どんな酷いカットにされたのかが分からないから勝手なことが言えるワケだけどね。
posted by atsu at 23:05| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(2) | ニュース−社会 裁判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月25日

よりどりみどり

テレビ番組共用録画装置の販売認めず 大阪地裁(産経)

≪「民放の著作隣接権侵害」≫

 マンションに住民共用のサーバーを設置し、住民が予約したテレビ番組を一括録画して好きな時間に視聴できるシステムは著作権を侵害するとして、在阪の民放5社が販売会社クロムサイズ(東京)にシステム販売差し止めなどを求めた訴訟の判決で、大阪地裁は24日、5社の放送地域で販売しないよう命じた。

 判決理由で山田知司(やまだ・ともじ)裁判長は「システム販売により、著作権に関連する著作隣接権の侵害がほぼ必然的に起こる」と指摘し、違法性を認定。

 同社は「利用するのは住民。著作権法で例外的に録画が認められる『私的使用』であり適法」と主張していたが「システムの設置者と使用者が異なり、私的使用に当たらない」と退け、民放側の差し止め請求を認めた。

 判決によると、システムは「選撮見録(よりどりみどり)」の名称で集合住宅用に開発され、サーバー1つで約50戸に対応。最大5チャンネルの番組を1週間分すべて録画することが可能で、データは1週間、共有のサーバーに保存され、住民は予約した番組を自宅のテレビで自由に再生できる。

 選撮見録は大阪市内の分譲マンションに導入される予定だった。原告は毎日放送、朝日放送、関西テレビ、読売テレビ、テレビ大阪の5社。

 原告5社の話 「放送局の著作隣接権侵害が認められ、主張が大筋で認定された妥当性のある判決だ」(共同)





 うーん、残念。密かにこのシステムには期待していたのだが、こういう判決が出てしまうとちょっとツライね。

 このシステムは、テレビの未来形を示していたと思う。1週間分のテレビ番組を録りだめして、好きなときに見られるようになればテレビに時間を縛られることがなくなる。見逃した番組もあとから見られるわけで、まさに理想的なシステムだ。市販のHDレコーダーでも同じようなことはできるが、さすがに全チャンネルを1週間分も録画するのは無理だもんなぁ。いずれは、そのくらい大容量のものが発売されるかもしれないけど。

 マンションにひとつでっかいサーバーを置いて、共用にするというのはナイスなアイデアである。しかしそれが「システムの設置者と使用者が異なり、私的使用に当たらない」ということになっちゃうのね。でも、1週間経てば消えるわけだし、マンションの住民以外は見られないんだからそれほどの問題があるとは思えないんだけどなぁ。それに公式サイトの説明を見るとあくまで記録されるのは各戸に設置するハードウェアらしいしね。ダメなのかなぁ、コレ。

 記事には、販売会社側が控訴するかどうかは書かれていない。でも、システムとしては実に素晴らしいし、このまま埋もれさせるのは実にもったいない。できたらもう少し頑張ってほしいものだ。

インターネットマンションのBB4U:選撮見録(TVデジタル録画システム)
posted by atsu at 22:37| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース−社会 裁判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月15日

本は棄てちゃダメ!

 船橋市立図書館における焚書事件の最高裁判断は、実に有意義なものと言える。仮にも市民の税金で買った図書を、司書のより好みで勝手に棄てるなんてことは市民にとっても著者にとっても不利益なことだと認めてくれたことはよい判断だ。ま、この判断に異論のある人間はまずいないことだろう。

 この件については朝日と産経が社説に書いていたが、立場こそ違えどどちらもほぼ同じ主張である。さすがの朝日でも

 この裁判をおこした「つくる会」の教科書について、朝日新聞は社説で「近現代史を日本に都合よく見ようとする歴史観で貫かれ、教室で使うにはふさわしくない」と主張してきた。だからといって、会の関係者らの著作が図書館から消えていいとは思わない


と述べるくらいである。ホントは消えればいいと思ってるだろうが、思っていても実際に口に出したりしないのがエチケットというものだ。その点は朝日でもわきまえていることである。

 私だって、「こんなふざけた本を書きやがって!」と思うことは多々ある。でも、基本的に書籍には敬意を払っているので、棄てるという行為はどうしてもできない。いくら気に食わない本でも、その本を作るのにかかわった人たちの苦労や、本に使われている材料である紙のことを考えると「MOTTAINAI!」っていう気持ちが働くのだ。だから、誰かがこの本を読んで怒りを覚えてくれればよいと、せいぜいブックオフに売り飛ばすくらいである。いくら頭に来ても、焼いたり破いたりというのは野蛮人のすることだ。

 本を勝手に棄てた女性司書はその後「自分でも何で棄てたのか分からない」としらばっくれていたようだが、本を愛すべき司書がそんな行為に走ったということは、何らかの理性が吹き飛んでいたとしか考えられないだろう。今後同じようなことをする輩はよもや現れないだろうが、全国の司書の方々はよりいっそう自覚を持ってお仕事に励んで頂きたい。

独断廃棄は著者の利益侵害 最高裁「図書館は意見伝える場」(産経)

特定著書の廃棄 再発防止指導へ 中山文科相(産経)

蔵書廃棄 自由の番人でいる重さ(朝日社説)

【主張】図書廃棄訴訟 多様な言論支える判決だ(産経社説)
posted by atsu at 23:37| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(1) | ニュース−社会 裁判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月13日

悪いのは国じゃなくて父親

 認知されたのが出産の前か後か。それで子供の国籍が決まってしまうのはケシカランとして、日本人男性とフィリピン人女性のあいだに生まれた子供9人が、日本国籍を認めないことは違憲だとする裁判を東京地裁に起こしたらしい。

 原告の子供たちはみな、出生後に父親からの認知を受けた。記事に名前が出ていた母親は同じ日本人男性と関係を持ち、2人の娘を授かったという。下の子は妊娠中に認知を受けたため日本国籍を有するが、上の子は出産後の認知だったために日本国籍が認められていないそうだ。

 同情できる話ではある。だけど、憲法違反だとかそういうことを持ち込むから何やら胡散臭い感じになってしまうんだよなぁ。認知の時期により国籍の有無が決まるってのは、確かに問題のあることだと思うんだけれど。

 国を責める前に、やはり責められるべきは彼らの父親なんじゃないだろうか。父親が責任を取って母親の女性と結婚さえすれば、子供にももれなく日本国籍が与えられる。だがそれをしないところを見ると、父親は妻子持ちなのだろう。件の母親の相手も恐らくそうに違いない。それにもかかわらずフィリピン人と関係を持ち、2人も子供を産ませるなど言語道断だ。認知したからって、それで済む問題ではない。

 今回、裁判を起こすまでの事態になったわけだが、そこに父親たちの姿がまったく見えないのが気になる。自分の不始末で子供を作っておいて、今さら「子供たちに国籍をください」なんて恥ずかしくて言えないと思っているのかもしれない。でも、結婚することができないのならば、もうちょっと子供たちに協力するべきだとは思うけどね。生活資金さえ出せば文句ないだろってわけにもいかないよ。

 フィリピン国内にも、日本人とフィリピン人のハーフの子供がわんさかいるという。実に嘆かわしいことだ。わざわざフィリピンまで行って、子種を無造作にばら撒いてくる日本人男性の何と多いことか。性懲りもなく不幸な子供をどんどん増産し続けている。まったく、オマエラ、

恥を知れ!

日本男性と比女性の子ら9人、国籍確認求め集団提訴(朝日)
posted by atsu at 22:32| 東京 🌁| Comment(2) | TrackBack(1) | ニュース−社会 裁判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月17日

宗教上ならおさわりOK?

 女子中学生の体に触ったとして強制わいせつ罪に問われていた神主に、無罪判決が出たそうである。神主は確かに女子中学生の乳房などに触れたのであるが、宗教上の行為であり性的意図はないという判断が出された。痴漢などの性犯罪に問われた被告が、触っていないことを証明して無罪を勝ち取る例はあるが、実際に触ったのに無罪となる例は極めて珍しいと言える。

 この神主は、平成14年の秋、健康状態や学習態度に問題があった当時15歳の女子中学生に「お済度(さいど)」なる儀式を施した。これは、体をさすったりすることによって体に取り憑いた邪気を払うものだそうで、その際に神主は乳房にも触れたんだという。女子中学生はまさかそんなところを触られるとは思ってもみなかったのだろう。恐らく驚いて被害届を出したのだと思われる。

 弁護団も驚いているように、司法においてこのような判断が出るのは「はじめてのこと」らしい。でも、神主がどのような感じで乳房に触れたのかなど、当時の詳しい様子が分からないため、この判決が妥当なのかどうかはイマイチ判断できない。「触ったのは事実だが性的意図がないから無罪」ということだが、この判例を逆手にとって悪用する輩が現れないかがちょっと不安である。変な新興宗教の教祖サマなんぞが出てきて、除霊行為だとして女の子の体を触りまくったりしてね。

 まあ、この神主さんの場合は本当にそういう意図がなかったのだと信じよう。でも、仮に儀式上必要だったことだとしても、女性の体に触れるのには細心の注意を払わなきゃダメだね。損するのは自分だし、今回無罪判決が出たといっても彼が受けた不名誉はなかなか消えないと思う。

 ところで、今回はどの新聞でもこのニュースは扱いが小さかったのだが、恐らく逮捕された当時の記事はもっとセンセーショナルだったのではないだろうか。手元に資料がないのだが、スポーツ紙などは次のような見出しを付けてデカデカと報じたんではないかと推測できる。

エロエロロリコン神主を逮捕!
「お祓い」と称して女子中学生のおっぱいモミモミ

 スポーツ紙なら恐らくこんな感じだろう。住職や神主、神父など、本来は聖職であるはずの人がわいせつ事件なんか起こした日にゃそらもう大きく取り上げるから。スポーツ紙の場合は、逮捕された=色魔決定だもんな。しかも、中学生以下ならロリコンも決定。でも、今回のように無罪判決が出ても記事はちっちゃいちっちゃい。名誉回復はホントしんどそうである。

 今度機会があったら、都立図書館にでも行って当時のスポーツ紙の記事を探してみようかな。何て書いてあるか確かめてこよう。

薩摩川内の神主強制わいせつ:被告に無罪判決−−鹿児島地裁支部 /鹿児島(毎日
posted by atsu at 23:26| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ニュース−社会 裁判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月27日

国籍取ってから一昨日おいで

 今日は全ての一般紙トップが、「在日韓国人の管理職試験拒否に合憲判決」だった。事の成り行きはいろいろなブログで解説されつくしていると思うので、私の見解だけ述べたい。

 管理職になりたい原告女性の気持ちも分からないでもないが、妥当な判決を出した最高裁には敬意を表する。日本の司法はやはりマトモだ。

 今回の判決を受け、朝日新聞が社説でまた電波を発していたわけだが、やはり朝日はこの国を売り渡すことばかり考えているんだなと痛感する。とくに「そんなに働きたいのなら日本の国籍を取ればいいじゃないか。そう思う人もいるだろう。しかし、過去の日本とのかかわり、先祖や親兄弟、故国に寄せる思いから、日本国籍を取る気になれないという人も少なくない。 」という部分には首をかしげた。

 まあ確かに、この女性はこれまで在日であることで学校でも就職でも苦労はしてきたのだろう。でも、彼女はそれでも在日であることを捨てなかったのである。彼女の母親は日本人だし、帰化することには何の障害もない。それをあえてしなかったということは、それなりに彼女の中に「在日韓国人として生きていくのだ」という気構えがあったものだと考える。私は、その点については尊重したい。

 だからこそ、である。

 やはり「民族としての誇り」を取るか、「日本人となり上を目指すこと」を取るかは、二者択一なのではないだろうか。公務員でなければ、外国人を登用する企業だってあることだろう。しかし、彼女は公務員として管理職になることを10年以上も望み続けたわけだ。日本人ではない以上、ここはどちらかで折れる必要があったのではないかと思う。

 「韓国人のまま、日本の行政を動かす」ことは、どう考えても認められない。ひとり認めれば、あとに続けと次々現れることも考えられる。ひいては外国人参政権の問題にもつながる。韓国人ならまだしも、北朝鮮国籍の人間に日本の政治に関わられては困るのだ。多少飛躍した話になるが、外国人に選挙権・被選挙権を認めれば、日本の政界に「労働党」が誕生することだってあり得る。日本人が政治に無関心になり投票率が下がっている昨今、朝鮮総連の組織票が動けば当選してしまうかもしれないんだから。

 あとまあ、女性に言いたいことは「大人になりなさい」だね。判決後の発言「日本は哀れな国。大法廷があんな幼稚な判決をするとは思わなかった。世界中に『日本には来るな』と言いたい。日本に来れば税金だけ払って権利のないロボットになるだけ」というのは頂けなかった。いくら10年越しの裁判に負けて悔しいとしても、彼女の発言こそ幼稚そのものだ。

 で、彼女の発言で気になったことがある。仮に韓国で生まれ育った日本人がいた場合、その人は韓国の公務員になって管理職クラスまで出世することができるのかな? ちょっと調べても出てこなかったので、誰かご存知の方がいらっしゃいましたらお教えくださいませんでしょうか。これがもしも可能なら、彼女が言うことにも一理あることになるんだけどね。

[追記]

 この女性って、つくる会の教科書に反対する運動やら何やら数々の政治的活動に顔を突っ込んでいたらしいけど、それって公務員としてアリなの? 公務員法は、特定の政治活動を禁じられているんじゃなかったっけ? やよりちゃんやみずほちゃん、ようこちゃんとお友達みたいだし、そんな人間、普通に管理職としての資質に欠けてるっしょ。普通に試験は受けさせて、不適格ってことにして落っことしておけばこんな騒ぎにならなかったかな?(でもこういう手合いは、それで落とされても「差別に違いない!」って騒ぐんだよね。差別を盾にした優遇要求か…、コワイコワイ)。

外国籍管理職――時代が分からぬ最高裁(朝日社説)

都の管理職試験、外国籍受験制限は合憲 二審破棄、最高裁が初判断(産経)

【主張】国籍条項訴訟 常識にかなった合憲判決(産経社説)
posted by atsu at 21:54| 東京 ☀| Comment(9) | TrackBack(9) | ニュース−社会 裁判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月17日

言論弾圧はナンセンス

 立川にある自衛隊宿舎に反戦ビラを配ったとして、住居侵入罪に問われていた3人の被告に無罪判決が出た。彼らは今年の1月17日、防衛庁立川宿舎の各戸に「自衛隊のイラク派遣反対!」などと書いたビラを配ったところ、2月27日に住居侵入罪で逮捕され、5月に初公判があるまで75日間にわたって勾留されていた。

 結論から言おう。思想的にやや右寄りと自覚している私だが、そんな私から見ても今回の判決は極めて妥当である。

 彼らの主張や活動方法に賛成しているわけではない。自由に言論活動ができない世の中になっては、中国や北朝鮮と同類になってしまうからである。ビラしかり、ブログしかり、それが左寄りだろうと右寄りだろうと、我々には自由に物事を論じる権利があるはずだ。それが、戦前・戦中のように弾圧されることがあってはならない。

 一部には、今回無罪判決が出たことに憤っている方もいることだろう。しかし待って欲しい。もしも時代が変わり、右寄りの言論活動を行ったことで逮捕されるような事態になったらどうだろうか。仮に、私が国旗・国歌に反対している教師の家々へ、それを批判するビラを配って回ったとしよう。それによって反乱分子とされ、逮捕などされたらたまったものではない。

 その国の国民全てが同じ思想を持つことは危険だ。それは全体主義国家を意味する。世の中には朝日新聞があり、産経新聞があってしかるべきなのだ。反対意見が気に食わなければ論争をすればいいだけの話。反対意見を封じ込めることは罪である

 ところでこのニュースを報じた新聞各紙、どこもかしこも公平性に欠けていてしょうがない。朝日は一面と社説、社会面で大々的に報じていたが、あまりにも勝ち誇りすぎている。朝日ほどではないが、毎日と東京もしかり。逆に産経は、このニュースの扱いが小さすぎだ。ベタ記事に毛が生えた程度。読売はそこそこのスペースを割いていたが、判決内容など事実関係のみを記載していたのみだった。もう少し中庸的に論じられる新聞はないものだろうかねぇ。

反戦ビラ訴訟、3被告に無罪 地裁八王子支部(朝日)
posted by atsu at 22:40| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(10) | ニュース−社会 裁判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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