2006年08月18日

変節する小沢さん

 今日の産経新聞に、「揺れる小沢氏 首相を批判 かつて『靖国参拝 自然なこと』」という記事があった。産経新聞のサイトにも、izaにも、ヤフーにもソースが見当たらないので、申し訳ないが全文引用させて頂く。




「揺れる小沢氏 首相を批判 かつて『靖国参拝 自然なこと』」(産経 ネット上のソースなし)

 小泉純一郎首相が15日に靖国神社を参拝して以降、沈黙を守っていた民主党の小沢一郎代表が、17日発行の夕刊フジのコラムで首相の参拝を激しく批判した。

 「退任前のパフォーマンス」と断じ、「天皇陛下がご参拝することができるように環境を整えるべきだ」と批判のボルテージを挙げている。

 かつて「何もはばかることはない」と首相の靖国参拝を支持したことのある小沢氏。その考え方と言動を振り返ってみた。


■だんまりから…

 首相が靖国参拝した15日、民主党は鳩山由紀夫幹事長が会見に応じただけ。小沢氏サイドは「小泉首相は辞める人。代表がコメントするまでもない。代表選の準備に専念してもらう」(細野豪志役員室長)としていた。

 だが、17日のコラムに登場した小沢氏は、「首相はあの戦争を『間違った戦争』と認め、いわゆるA級戦犯について戦争指導の責任がある『戦争犯罪人』と言及していたではないか」と指摘。

 続けて「靖国神社にA級戦犯が祭られている。国内的にも国外的にも『日本国を代表する首相が、戦争責任にケジメをつけない行動をした』ということになる」と批判を炸裂(さくれつ)させた。

 代表就任後、小沢氏が力説してきた靖国参拝に関する持論は「(祭られている人の氏名が記されている)靖国神社の霊璽簿(れいじぼ)からA級戦犯を削除すべきだ」というもの。「当時の国家指導者たちは、日本国民に対し戦争を指導した重大な責任を負っている。本来は祭られるべきではなく、英霊に値しない」というのが理由だ。


■素直な気持ちで

 だが、小沢氏は自民党に所属し、自治相だった昭和61年4月2日、参院地方行政委員会で佐藤三吾氏=当時社会党=に公式参拝するかどうかを問われ、こう淡々と答弁している。

 「お国のために一生懸命戦って亡くなった戦没者に参拝することによって、誠の気持ちを表すということだ」「A級(戦犯)であろうがB級であろうがC級であろうがそういう問題ではない」

 そして、こう付け加えた。「責任論と私どもの素直な気持ちは、別個に分けて考えていいのではないか」。

 小泉政権発足前日の平成13年4月25日。前年に自民党との連立を解消したばかりの自由党党首の小沢氏は、

 「国のために純粋に前線に出て倒れていった人たちに対し、感謝の気持ちをもつことは当たり前」「素直に受け取ればいい」と、首相の参拝を支持していた。

 民主党副代表だった昨年6月9日には、「本当に『政治家の信念』だというなら、中国や韓国が反発しようとも、堂々と終戦記念日の8月15日に参拝すべきだ」と発言。首相を牽制(けんせい)するのが狙いとはいえ、「8・15」の首相参拝に“お墨付き”を与えている。

 こうしてみると、最近の小沢氏の発言は昭和61年当時とは明らかに食い違う。「批判のための批判ではないか」(自民党のベテラン議員秘書)との声もある。ただ、当時と靖国参拝をめぐる政治状況も、小沢氏が置かれた立場も大きく変わっているのも事実。小沢氏はかつての自身の言動を念頭に置いているかのように17日、「政府の責任ある立場にいる者が参拝することは(それ以外の人が参拝するのとは)次元が違う」と説明しているが…。





 去年は「信念があるなら8月15日に行け」と言っておいて、本当に15日に行ったら「けしからん」と言われたのでは、小泉首相も困ってしまうだろう。政治家には、できれば発言に一貫性を持ってほしいものなのだが…。

 まあ政治家と言えども人間だから、考えが変わることもあるだろう。しかし、なぜこの短期間に小沢さんの考えが急転回したのかは気になるところだ。いったい何が彼をそうさせたのか、小沢さんには説明してほしいものだ。

 私は、元々小沢さんを割と評価していた。未だに文章を書くときに「小沢」ではなく「小沢さん」と書いてしまうのはその名残であるのだが、それは靖国参拝について寛容な考えを持っていたからに他ならない。靖国を批判していた前原・岡田より、小沢さんが党首になれば民主党も少しはマシになるだろうと期待もしていた。

 しかし、代表になってみたら突然「霊璽簿から消せばOK」発言である。私はびっくりした。まさか小沢さんの口から、そのような無知丸出しの発言が飛び出すとは思わなかったからである。その発言をもって、私は小沢さんを見限ったのであった。そして思った。「西村眞悟もいなくなったこの党には、もはや何の魅力もない」と。

 ところで小沢さんはこの度、夕刊フジに連載したコラムをまとめた「剛腕維新」という本を出版したそうだ。6年間の連載の集大成ということだが、この本には件の「行くなら8月15日に堂々と行け」と言った回も含まれているんだろうか。もし含まれていると、それを読んだ人はきっと混乱するに違いない。今はこう思っていないと注釈がついていればいいのだが…。
posted by atsu at 23:25| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(1) | 靖国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月16日

靖国関連ネタ短評

“最後の小泉劇場”に密着 靖国参拝(東京新聞)

 “公約”だった終戦記念日の靖国神社参拝を果たした小泉首相。現職の首相としては実に二十一年ぶりとあって、テレビ各局はヘリコプターで神社に向かう首相を追跡するなど、早朝から総動員態勢で対応した。在任中としてはおそらく最後になるであろう首相のパフォーマンスは、図ったように朝のテレビ番組を占拠した。 (藤浪繁雄、吉村智佳、山田晴子)

 「小泉首相は参拝するか 生中継・靖国神社の朝」「放送中にも靖国参拝か 小泉首相動静を生中継」…。この日、各家庭に届いた新聞朝刊のテレビ欄には、こんな内容を掲げる朝の番組がずらりと並んだ。

 首相が公用車で公邸を出たのは、午前七時三十分、靖国神社に到着したのはその十分後。テレビ東京を除く各局が通常、ニュースや情報番組を放送している時間帯だ。

 テレビ東京は「夏休み中の子どもの楽しみを奪ってまで(生で)放送する必要があるのか」として、レギュラー編成の子ども向け番組中にテロップで速報を流しただけで済ませたが、ほかはNHK「おはよう日本」、日本テレビ「ズームインSUPER」、TBS「みのもんたの朝ズバッ!」、フジテレビ「めざましテレビ」、テレビ朝日「スーパーモーニング」と、どれも「参拝」一色。小泉首相を乗せた公用車が靖国神社に到着し、参拝を終えて神社を後にするまで、上空のヘリからの映像を交えるなどして生中継した。

(後略)





 テレ東が、他局と足並みを揃えないのはいつものことだが、今回の対応と、その理由は称賛に値する。

「夏休み中の子どもの楽しみを奪ってまで(生で)放送する必要があるのか」

 まったくもってその通りだ。大事件、大災害でも通常番組を貫く時には呆れることもあるが、首相の神社参拝ごときでヘリまで飛ばして生中継するほうがおかしいのだ。まあ今回はちょうど朝のワイドショーの時間と重なっていたから(首相が意図的に重ねた可能性もある)当然と言えば当然だが、午後に行ったら行ったで他局は昼ドラやドラマの再放送を中断してでも生中継しただろう。

 ちなみに、テレ東がこのとき放送していた番組は「キティズパラダイスPLUS」という番組。ポンキッキのサンリオバージョンみたいな番組らしい。そりゃあ、小さい子は楽しく見ているだろうよ。そこで突然、子供にはワケが分からない靖国神社の映像に切り替わったら、全国(と言ってもテレ東がネットしている地域のみ)の子供たちが泣くところだった。テレ東の判断は至極正しい。これからもテレ東には独自路線を突っ走ってほしい。親会社は日経だが、決して影響を受けないよう祈る。




 今日の朝日新聞夕刊一面コラム「素粒子」が実に不可解。以下引用。

 お盆で田舎へ帰ったとき、お父さんが仏壇の中から位牌を幾つか取り出してから、手を合わせています。なぜかと聞いたら「先祖の中に崇敬できない、嫌いなやつがいるので分離して祈った」と言います。そんなことできるのですかと和尚さんに尋ねると「あほう、ご先祖さまは皆ご先祖さまじゃ。そんなご都合主義が通るか」と一喝されました。(夏休み日記)


 これ、どう読んでも分祀論を揶揄しているとしか思えないんだけど。いつから朝日は分祀否定論者に転向したの?




加藤紘一衆院議員の実家と事務所全焼 放火か(産経)

加藤議員の実家全焼 負傷の男は右翼幹部か(産経)

 山形県鶴岡市の元自民党幹事長、加藤紘一衆院議員(67)の実家と事務所が全焼した火災で、現場で割腹自殺を図ったとみられる男は、東京都内の右翼団体の幹部(65)の可能性が高いことが16日、鶴岡署の調べで分かった。同署は、男が放火に関与した疑いもあるとみて身元の確認を急いでいる。

 加藤議員は、小泉純一郎首相の靖国神社参拝に批判的な発言を繰り返しており、鶴岡署は、病院で治療中の男の回復を待って背景などについても事情を聴く。

 鶴岡署は同日、現場を実況見分した。実家の室内から出火したとみられる。男は顔にやけどを負い、靴を履いていない状態で建物の外で倒れていたことから、室内で腹部を切り、熱くなって飛び出してきたとみられる。





 バカかこの男。火をつけて切腹したんなら、ちゃんと氏ねよ。

 しかし、首相はきちんと靖国へ行ったというのに、何だって加藤紘一の実家になんて放火しなくちゃならんのかね。ほっときゃいいのに。こいつのせいで、参拝肯定派がまるでみんなテロリストみたいに見られて非常に迷惑だ。

 右にせよ左にせよ、言論を暴力で封じ込めようとする輩は等しくクソ以下である。加藤紘一は私の論敵であり、決して尊敬できる人ではないが、今回のことについては心よりお見舞い申し上げる。
posted by atsu at 22:24| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(2) | 靖国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月15日

公約は護られた

小泉首相、靖国神社参拝(産経)

 小泉純一郎首相は15日午前7時40分すぎ、東京・九段北の靖国神社を参拝した。

 小泉首相の靖国参拝は6回目だが、終戦記念日の参拝は初めて。

 現職首相の8月15日の参拝は昭和60年の中曽根康弘元首相以来21年ぶりだ。

 小泉首相は平成13年の自民党総裁選で終戦記念日の8月15日に参拝することを公約していたが、中国や韓国、政府与党からの反発に配慮し、毎年別の日に参拝していた。





 朝起きたら、既に首相は靖国参拝を済ませたようで。去年と違い、きちんとモーニングを着ての昇殿参拝。及第点をあげられそうだ。「批判に耐えてよく参拝した。感動した!」とまで絶賛はできないけど。

 まぁマスコミは、分かっていたことなんだからギャーギャー騒がないこと。

 さて、いつもは「とくダネ!」を見ている私だが、「とくダネ!」は靖国の知識が乏しい出演者ばかりなので、今日は「スーパーモーニング」を見る。何たって上坂冬子さんが出演されているんだもの。

 いきなり上坂さんは首相の参拝を評価してたけど、こういう論客を出してくれるテレ朝は最高だ。上坂さん、鳥越さんや加藤紘一を粉砕してくれ!!
posted by atsu at 08:11| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(7) | 靖国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月13日

8月13日 前倒し参拝

今日〜の 靖国は〜♪


 突然ですが、一曲歌わせて頂きます。

縁切寺 靖国バージョン
作詞:atsu 作曲:さだまさし大先生

今日靖国へ 行ってきま〜した
先月みんなで歩いた場所へ

今日〜の靖国は マスゴミ多くて
英霊を悼むには 姦しすぎて

英霊たちが〜 眠る社を
冒涜したり〜 穢すヤツラは

来ないで下さい〜 靖国へは♪


 こんな替え歌を作ってはみましたが、予想したほど今日はマスコミの姿が見えませんでした。新聞記者はあちこちに紛れていたかもしれませんが、TVクルーで確認できたのはNHK、テレ朝、そしてフジ。まあ、テレ朝はTVタックルなんかで実に意義深い靖国論議を見せてくれるので、あまり悪感情はありません。むしろ、靖国に対して何の理解もしていない小倉さんが司会を務める「とくダネ!」のほうがずっと酷いですね。フジテレビで番組を持つなら、正論の靖国特集くらい読み込めと言いたいです。「靖国には確か太平洋戦争以前の戦死者も祀られてますよね?」なんて訊くようじゃ話になりません。

 明後日は一般参拝者の数もバカにならないんでしょうが、こちらも今日は普段より少し多いくらい。遊就館も久しぶりに「おさらい」しましたが、ゆとりを持って見学できました。何だかんだで4時間かかりましたけどね。

平和の象徴


 能楽堂の前では、平和の象徴である白い鳩がエサをついばんでました。以前、「靖国ではドバトが来るととっ捕まえて外に追い出している」という話を聞いたことがありますが、今日はドバトも仲良くしていましたよ。白い鳩は貴重だから守るべきですが、だからと言ってドバトを駆逐したりはしないほうがいいですね。何だかんだ言って、ドバトが呑気にしていられることこそ平和の証しなんですから。

 さあてと、マスコミの皆さんも、いつ小泉首相が気まぐれを起こすか分からないので毎日靖国へ詰めているようですが、あと2日の辛抱ですよ。暑くて大変だと思いますが、せいぜい熱射病にならないように気をつけてください。
posted by atsu at 22:25| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(2) | 靖国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月10日

オマエラ本当は行って欲しいんでしょ?

小泉首相、15日参拝「公約生きている」「適切に判断」(朝日)

 小泉首相は8日夜、終戦記念日に靖国神社を参拝するとした01年の自民党総裁選時の公約について「公約は生きていますね」と語った。8月15日の参拝が選択肢のひとつだとの認識を示したものだが、公約通り参拝するかどうかについては「適切に判断する」とのこれまで通りの発言にとどまった。首相官邸で記者団の質問に答えた。

靖国参拝、首相「いつ行っても同じ」(朝日)

 小泉首相は10日朝、モンゴル訪問のため羽田空港から政府専用機で出発した。出発に先立ち首相公邸前で記者団の質問に答え、靖国神社参拝について「(8月)15日だろうが4月だろうが10月だろうが1月だろうが、いつ行っても批判してんじゃないですか。いつ行っても同じです。今までの積み重ねの経験ですよ」と述べ、15日の参拝に重ねて意欲を示した。実際に参拝するか否かは「適切に判断」するとした。

 首相は「二度と戦争を起こさない、戦没者に対する哀悼の念を表明するために参拝する。当然のことだ」と強調。「一つの問題で意見が違うから首脳会談を行わないのはおかしい」と中韓両国を改めて批判し、「日本の首相がどこの施設に参拝しようが、批判されるいわれはない。米国と協力すると米国追随、中国が意見が違って協力しないとアジアから孤立する(と批判される)。全然、孤立してませんよ」と語った。

 01年総裁選で公約した「8.15参拝」と、首相が02年4月に発表した所感で「終戦記念日やその前後の参拝」にこだわらないとしたこととの整合性を問われると、「メディアは公約を守らないと批判する。守ると、自分たちの意見に反するものは守らなくていいんじゃないかと批判する」と反論した。





 番記者の皆さんも、毎日毎日おんなじ質問を繰り返すなっての。いい加減ウザイし、そんなに毎日毎日訊くってことは、逆に首相に15日の参拝を促しているようにさえ見えちゃうよ。首相だって、そこまで言うなら行かないわけにはいかんという思いが強くなっちゃうんじゃない? 15日になれば分かるんだから、静かに待てってのオメーラ。

 まぁねぇ、小泉さんも、「8月15日に行く」と言ったのは失敗だったと思うよ。別に終戦記念日にこだわらず、「毎年一回は必ず行く」と言うだけでよかったんだ。そうすれば、こういう混乱も少しは防げたと思うんだけどね。私としては、終戦記念日よりも春秋の例大祭のほうが時期としてはふさわしいと思うし。

 ところで話は変わるけど、羽毛田宮内庁長官が「富田メモ」について苦言を呈した模様。




陛下のお言葉公表は「慎重に」 宮内庁長官が見解述べる(朝日)

 宮内庁の羽毛田信吾長官は10日の定例記者会見で、昭和天皇が靖国神社によるA級戦犯合祀(ごうし)に不快感を示したとされる富田朝彦・元宮内庁長官のメモについて、「長官という職にあるものとして言えば、こうした事柄を公表するには余程慎重でなければならない」との見解を述べた。そのうえで、「富田元長官も公表をお考えにならなかったと思う」「(公表されることになれば)陛下自身が長官にものを言いにくくなる」との考えを示した。





 うん、その通りだね。陛下がおっしゃったことをメモに書き留めるなとは言わないが、メモする以上はそれが決して外に漏れないように最大限の注意を払う義務が発生する。富田元長官は、生前は決してこのメモを人に見せなかったそうだが、どうして亡くなったあとに一緒に焼かれなかったのかが非常に悔やまれるところだ。今回は日経の社員が久しぶりに富田元長官の家を訪れたら、奥さんが日記帳を出してきたらしいけど、奥さんもいささか軽率だったと言わざるを得ない。富田メモが本物だろうと偽物だろうと、決して公表されるべきものじゃなかったという点だけは確かである。
posted by atsu at 22:18| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(5) | 靖国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月06日

松陰神社参拝は違憲じゃないのか

小泉首相、松下村塾など視察(日経)

 小泉純一郎首相は5日、山口県萩市にある松下村塾などを視察した。視察後、記者団に「私もよく松陰先生の関連の書物を読んで言葉も施政方針、所信表明で使っている。実際見て良かった」と満足げだった。

 ただ松陰神社への参拝に触れて「神道形式で参拝して憲法違反ですか。どう思いますか。見てたでしょ。どうして憲法違反って言わないの」と記者団にチクリ。靖国神社への終戦記念日の参拝の有無や安倍晋三官房長官の4月の参拝を巡って過熱する報道への不満をにじませた。





 何とも微笑ましいニュースです。

 読売新聞の記事によれば、首相は玉串料や賽銭こそ奉納しなかったものの、きちんと「二礼二拍手一礼」で拝礼を行ったそうです。そしてその直後に、取材陣に対して上のような逆質問をしたとか。ナイスプレイです。

 誰か、その場ですぐに反論した記者はいなかったのでしょうか? 厳密な政教分離を求めるのなら、松陰神社への参拝も「違憲です!」と言わなければダメでしょう。それとも、祀られているのが「A級戦犯」じゃなくて吉田松陰だからいいんですか? その吉田松陰だって、靖国神社に祀られているんですよ。

 何度言っても分からない人がいるので、何度も言います。憲法の定める政教分離というのは、特定の宗教を政府が積極的に優遇したり弾圧したりすることを戒めるものであり、政治が一切宗教とかかわるなと言っているのではありません。

 靖国参拝に関して言えば、首相が国民に対しても「参拝しなさい」と言って初めて違憲になります。または、政府が靖国を解体しようとしたりしても違憲です。しかし小泉首相は、ただ単に参拝しているだけ。これが違憲になるのならば、伊勢神宮への初詣や今回のような松陰神社への参拝も違憲訴訟が起こされなければおかしいのです。ちなみに伊勢神宮には、あの村山富市でさえも首相在任中に初詣に行っています。これまで、これを憲法に照らして問題視した人がいらっしゃいますか? 私の知る限り、赤旗が一回だけ取り上げた記憶しかありませんが、残念ながら火は点きませんでした。

 首相が神社やお寺を訪れることすら許されないなんてことを、憲法が定めているとお思いですか? だいたいそこまで厳格な政教分離を行うのなら、公明党なんて完全な違憲政党になりますし、クリスチャンが首相になった場合はミサにすら行けません。寺社仏閣や仏像を国宝や重要文化財として保護するのも違憲、聖○○学園やPL、創価大学へ国が助成金を出すのも違憲になります。そこまで政治と宗教が完全分離された社会を、政教分離を盾に靖国批判する人たちは望むのですか?

 まあ、話の分からない人はここまで読んでも「それとこれとは別。靖国にはA級戦犯がいるからダメなんだ!」と思うのでしょう。でも、憲法に「A級戦犯が祀られている場所に行ってはいけない」などということは一言も書かれていません。A級戦犯が気に食わないなら、A級戦犯だけを問題視して攻めてくればいいんですよ。なのに政教分離なんてものを持ち出すから、話がややこしくなるんです。

 とりあえずは、主文ではっきりと「参拝は違憲」とした判決も出ていない以上、靖国参拝は憲法に照らしても問題ないということです。福岡地裁判決や第二次大阪高裁判決の傍論を錦の御旗に掲げる人が多くいますが、あんなものは何の強制力もありません。原告が勝訴してから言って欲しいものです。


 ところで話は変わりますが、「東條英機が合祀対象者を戦死者に限る通達を出していた」というニュースが流れていますね。

靖国合祀基準 東条元首相が厳格化(東京新聞)

 まず疑問なのは、山中恒さんが昭和55年に入手したという文書が、どうして26年もの時を経て今明らかになったのかということです。昭和55年といえば、靖国神社に昭和殉難者が合祀された2年後。どうしてそのときにすぐ明らかにして、そのとき議論しなかったのでしょうか。四半世紀も過ぎてからこんなものを持ってこられても、「遅すぎる」としか言えません。

 それに、この通達はあくまで戦時中の基準です。戦前は確かに陸軍が靖国神社への合祀者を決める権限を持っていましたから、この通達は有効だったでしょう。しかし戦後は、その権限が靖国神社に移りました。靖国神社が東條英機以下14名を「国に殉じた人々」と認定した以上、合祀には正当性があるのです。

 そもそも靖国神社には安政の大獄の犠牲者も祀られているのですから、設立当初より合祀対象者を戦死者に限ってはいません。東京新聞は記事中で「A級戦犯の合祀は、戦時中の基準の是非はともかく、長く守られてきた『靖国の原則』からも大きく逸脱していたものだったことが分かる」と記述していますが、何をもって「靖国の原則」と言っているのか分かりません。私から言わせれば、合祀対象者を戦死者に限定した東條英機の通達こそが「靖国の原則」に反していると思うのですが。

 この件に関しては、東條英機の二男である東條輝雄氏のコメントで全てが片付くでしょう。以下引用。

 父が陸軍大臣として、そのような文書を出したとしても、立場上、当然のことだったと思う。戦地に行かなかった者は靖国神社に合祀されないというのは当時の常識だった。父も戦後、自分が合祀されるとは思ってもいなかったはずだ。ただ、(父についての)合祀は靖国神社が決めたことであり、一民間人の私が是非について意見を言うことは控えたい。


引用終わり。

 多くの人々に正しく認識してほしいと思うのは、東條英機以下14名は、「A級戦犯」として合祀されているのではないということです。そもそもA級戦犯などというものは不当ですし、少なくとも昭和28年の名誉回復以来は存在すらしません。どうしてもこだわりたいのなら、せめて彼らの表記も「元A級戦犯」と言うべきです。死刑囚だって執行後は「元死刑囚」になるのですから。

 ここで、首相や安倍さんにひとつアドバイス。

 神奈川県湯河原町にある「重光葵記念館」に行きましょう。そして重光元外相に哀悼の意を捧げたあと、取材陣に向かってこう言うのです。

「重光さんは素晴らしい人でした。元は彼もA級戦犯でしたが、『A級戦犯を記念しているところに行くのはけしからん!』とは言わないの?」

と。
posted by atsu at 18:47| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(2) | 靖国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月04日

安倍さんは堂々と靖国へ行って

安倍氏、4月に靖国参拝 例年通り「心静かに祈り」(産経)

 安倍晋三官房長官が今年4月にすでに靖国神社を参拝していたことが3日、分かった。複数の関係者が明らかにした。9月に自民党総裁選を控えていることもあり、安倍氏は「戦没者の慰霊や祈りを外交や政争の具にしてはならない」として公言しなかったが、「ポスト小泉」の最有力候補であるだけに、靖国参拝の是非を争点化する動きが加速しそうだ。

 安倍氏の参拝は小泉純一郎首相の参拝を後押しする“効果”もあるとみられ、「終戦の日」の8月15日に、首相として最後の参拝に踏み切る公算が大きくなった。首相−官房長官の参拝となれば、中国などの執拗(しつよう)な干渉に「政府の姿勢」を示すことになる。

 関係者によると、安倍氏は4月15日早朝、警護官ら数人と靖国神社を訪れ、モーニング姿で昇殿を参拝。この後、東京・新宿御苑で開かれた恒例の「桜を見る会」に出席した。

(後略)





 4月の例大祭前に、密かに今年の参拝を済ませていたという安倍さん。総裁選での争点化を避けるためにこういう方法を取ったんだろうけど、私としてはあまりコソコソしたことはしてほしくなかったな。時期としてはよかったと思うが、どうせやるなら堂々とやりましょうや。

 しかし、他紙がほとんど「中韓の反発は必至だ」などと書くなかで、「首相−官房長官の参拝となれば、中国などの執拗な干渉に「政府の姿勢」を示すことになる」と肯定的な表現を取った産経はステキ。そういう意味でも中国へのメッセージになるのだから、コソコソ隠れて行く必要は何もなかった。

 ここで参拝をやめたら、せっかく風穴を開けた小泉首相の5年間が水泡と帰す。今中国は、「参拝を止めるまで首脳会談しない」と振り上げた拳を、下ろすに下ろせなくて困っている。靖国カードなんてものがもはや日本には通用しないということを、中国にははっきりと分からせてやらなければならない。今やめたら、中国にカードの有効性を示してあげるだけになってしまう。

 確かに参拝をしなければ、中国はニコニコしてそれを歓迎するだろう。しかし、その笑顔は所詮メッキなのだ。表面上だけの「日中友好」よりも、今のように中国に「NO!」と言える状況のほうがよっぽど関係が良好、というか健全なのである。メッキの友好のほうがいいと思うのならば、どうぞ首相の靖国参拝に反対すればいい。

 ところで、今週の「週刊いとうタイムズ」の↓↓このネタ↓↓には思わず吹いた。

「福田が抜けて安倍が独走って、まるで初期のモー娘。みたい」


 福田明日香の存在って完全に忘れてたよ…。今ごろ彼女はどこで何をしているのやら。
posted by atsu at 22:42| 東京 ☀| Comment(6) | TrackBack(3) | 靖国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月21日

ダブスタ朝日「昭和天皇の言葉は重い」

A級戦犯合祀 昭和天皇の重い言葉(朝日社説)

 東条英機元首相ら14人のA級戦犯が靖国神社に合祀(ごうし)されたのは、78年のことである。戦後も8回にわたって靖国神社に参拝していた昭和天皇は、合祀を境に参拝を取りやめた。

 その心境を語った昭和天皇の言葉が、元宮内庁長官の故富田朝彦氏の手で記録されていた。A級戦犯の合祀に不快感を示し、「だから私あれ以来、参拝していない、それが私の心だ」とある。

 昭和天皇が靖国神社への参拝をやめたのは、A級戦犯の合祀が原因だったことがはっきりした。

 合祀に踏み切った靖国神社宮司の父親は松平慶民元宮内大臣だった。メモには、その名を挙げ、「松平は 平和に強い考(え)があったと思うのに 親の心子知らず」という言葉がある。

 A級戦犯が合祀されているところに参拝すれば、平和国家として生まれ変わった戦後の歩みを否定することになる。昭和天皇はそう考えたのだろう。

 天皇個人としてという以上に、新憲法に基づく「国民統合の象徴」として、賢明な判断だったと思う。しかも、中国などが合祀を問題にする前の主体的な判断だったことを重く受け止めたい

 戦前、天皇は陸海軍の統帥者だった。自らの名の下に、多くの兵士を戦場に送った。亡くなった兵士の天皇に対する気持ちは様々だろうが、昭和天皇が靖国神社に赴き、戦没者の魂をなぐさめたいと思うのは自然な気持ちだろう。

 しかし、戦争を計画、指導した軍幹部や政治家らを一緒に弔うとなると話は別だ。そう考えていたのではないか。

 メモには「A級が合祀され その上 松岡、白取までもが」と記されている。日独伊三国同盟を推進した松岡洋右元外相と白鳥敏夫元駐イタリア大使への怒りもうかがえる。

 A級戦犯の合祀に対し、昭和天皇がかねて不快感を示していたことは側近らの証言でわかっていた。

 それなのに、昭和天皇が靖国参拝をやめたのは合祀が原因ではないとする主張が最近、合祀を支持する立場から相次いでいた。

 75年に三木武夫首相が私人として靖国参拝をしたことを機に、天皇の参拝が公的か私的かが問題になったとして、「天皇の参拝が途絶えたのは、これらが関係しているとみるべきだろう」(昨年8月の産経新聞の社説)という考えだ。

 こうした主張にはもともと無理があったが、今回わかった昭和天皇の発言は、議論に決着をつけるものだ。

 現在の天皇陛下も、靖国神社には足を運んでいない。戦没者に哀悼の意を示そうにも、いまの靖国神社ではそれはかなわない。

 だれもがこぞって戦争の犠牲になった人たちを悼むことができる場所が必要だろう。それは中国や韓国に言われるまでもなく、日本人自身が答えを出す問題である。そのことを今回の昭和天皇の発言が示している。





 朝日やっちゃったな…、やっちゃったよ。大方の期待通り、昨日のエントリで予想した「重く受け止め」というワードをそのまま使ってくるとは、さすが「ジャーナリスト宣言」しただけのことはある。もちろん予想が的中したのは私だけではない。恐らく、totoだったら1等の当選金が数百円にしかならないくらい、的中した人は多かったと思われる。

 プロの物書きならねぇ、こんなに容易く予想できるような文章を書くなっての。しかも、皇族の発言の内容によって「発言を控えよ」「お言葉を重く受け止めたい」を使い分ける完全ダブルスタンダード。夕刊フジがさっそく突っ込んでいたが、もう呆れてものも言えんよ。

朝日新聞、社説に二面性…皇室の発言に対し(ZAKZAK)

 従来の朝日の論調に沿うならば、朝日は天皇の発言を受けて色めき立つ左派陣営を諫める側に回らなければならない。それが、皇室制度を忌み嫌い、天皇のいない日本を望んできた朝日の使命である。その点において今日の朝日社説はダメダメであるので、私が朝日に成り代わって、本来朝日が書くべき今日の社説を考えてあげよう。




A級戦犯合祀 昭和天皇の身勝手な言葉(atsu日新聞社説)

 東条英機元首相ら14人のA級戦犯が靖国神社に合祀(ごうし)されたのは、78年のことである。戦後も8回にわたって靖国神社に参拝していた昭和天皇は、合祀を境に参拝を取りやめた。

 その心境を語った昭和天皇の言葉が、元宮内庁長官の故富田朝彦氏の手で記録されていた。A級戦犯の合祀に不快感を示し、「だから私あれ以来、参拝していない、それが私の心だ」とある。

 昭和天皇が靖国神社への参拝をやめたのは、A級戦犯の合祀が原因だったことがはっきりした。

 合祀に踏み切った靖国神社宮司の父親は松平慶民元宮内大臣だった。メモには、その名を挙げ、「松平は 平和に強い考(え)があったと思うのに 親の心子知らず」という言葉がある。

 A級戦犯が合祀されているところに参拝すれば、平和国家として生まれ変わった戦後の歩みを否定することになる。昭和天皇はそう考えたのだろう。

 だが、ちょっと待ってほしい。そもそも戦争へのGOサインを出し、国民を悲劇に導いたのは誰であったか。昭和天皇自身もまかり間違えば戦争犯罪人として裁かれる可能性もあったというのに、A級戦犯合祀に不快感を示すなどまるで同族嫌悪である。昭和天皇は、自らの戦争責任をお忘れだったのか。

 戦前、天皇は陸海軍の統帥者だった。自らの名の下に、多くの兵士を戦場に送った。亡くなった兵士の天皇に対する気持ちは様々だろうが、昭和天皇が靖国神社に赴き、戦没者の魂をなぐさめるのは天皇としての義務である。それを、A級戦犯が祀られたという理由で放棄したのなら実に身勝手で、許されないことだ。自分の好き嫌いのために、自分が殺した200万人の戦没者をないがしろにしたのならば、天皇のためにと死んだ兵士たちも浮かばれないことだろう。

 今回のメモが明らかになったことで、小泉首相の靖国参拝に反対する勢力や、A級戦犯の分祀を唱える勢力が活気付いている。しかし忘れてはならないのは、天皇や皇族の政治的発言は憲法においても許されないということだ。

 私たちは、これまでも首相の参拝に反対し、分祀論も唱えてきた。だが、それは昭和天皇の意思とは関係ない。いかなる場合でも、私たちは靖国神社に反対する。このようなメモに踊らされ、発言を政治利用することがあってはならない。天皇の意思が政治に反映される社会が実現したら、それこそ民主主義に反する。

 鬼の首を取ったように喜んでいる人たちは、もしも今回のメモに「三木のせいで参拝に行けなくなった」と書いてあったらどうだったかを想像してほしい。都合がよかろうが悪かろうが、天皇の発言に対する過剰反応は慎むべきである。そうでないと、今後の天皇批判が難しくなることだろう。

 靖国問題を解決するには、だれもがこぞって戦争の犠牲になった人たちを悼むことができる場所が必要だ。それは中国や韓国や天皇に言われるまでもなく、日本人自身が答えを出す問題なのである。

(注:この社説はatsuの創作です。atsuの真意ではもちろんないので、マジに突っ込んだりするのはやめてね)




 内容はけしからんものだが、こういう社説を書くならば私も朝日を評価できる。普段皇室を否定するのならば、「天皇の世話にはならねえ」という意思を貫いてくれよ、アサピー!!

【追記】

 ところでこの写真は何? かなりビックリなんだけど。

藤尾(文相)の発言??


 昭和天皇のご発言とされている部分のすぐ上に、「藤尾(文相)の発言」と書かれているね。そこから例の発言までの間には微妙な空欄があることはあるけど、これを見た限りでは、どうして「私は 或る時に〜」以下の文が昭和天皇の弁だと断定できるのか分からない。ホントにホントにきちんと検証したのか? 日経新聞よ。

【さらに追記】

 今日の朝日新聞夕刊「素粒子」より

「きょうはお酒、抜いたら」と母の勧告・・・。
「不快だ」と父が反抗。
「禁酒賛成」と口出しした私をにらみ、
「親の心子知らずだ」。
「そんなに毎日飲みたいの?」と聞くと、
「それが私の心だ」。
どうにも困った父です。


 なんかズレてないか? この文脈だと、困った父=昭和天皇になってしまうような気がするが…。禁酒を勧めるのが靖国神社で、それに賛同するのが小泉首相になってない? まあどっちにしても、さっぱり面白くないんだけどな。
posted by atsu at 09:08| 東京 ☔| Comment(2) | TrackBack(9) | 靖国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月20日

昭和天皇のご真意

昭和天皇、A級戦犯靖国合祀に不快感・元宮内庁長官が発言メモ(日経)

 昭和天皇が1988年、靖国神社のA級戦犯合祀(ごうし)に強い不快感を示し、「だから私はあれ以来参拝していない。それが私の心だ」と、当時の宮内庁長官、富田朝彦氏(故人)に語っていたことが19日、日本経済新聞が入手した富田氏のメモで分かった。昭和天皇は1978年のA級戦犯合祀以降、参拝しなかったが、理由は明らかにしていなかった。昭和天皇の闘病生活などに関する記述もあり、史料としての歴史的価値も高い。

富田氏メモ・靖国部分全文

 私は 或る時に、A級が合祀されその上松岡、白取までもが

 筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが

 松平の子の今の宮司がどう考えたのか 易々と 松平は 平和に強い考があったと思うのに 親の心子知らずと思っている

 だから、私あれ以来、参拝していない それが私の心だ(原文ママ)





 私はこれまで「昭和天皇が参拝をやめたのは三木首相が私的参拝を強調したからだ」という説を支持していたが、もしかしたらそれを改めなければならないかもしれない。むしろこのような史料が明らかになったことで、陛下の胸中を周囲が憶測し合う不毛な議論に終止符が打たれるのなら喜ばしい。

 私は皇室を敬っている人間なので、昭和天皇の意思は尊重する。だがしかし、だからと言って私が参拝反対や分祀論に鞍替えすることはない。

 松岡洋右や白鳥敏夫のことを、昭和天皇が快く思っていなかったのは分かった。だが、天皇の好き嫌いによって合祀するかしないかが左右されてはいけない。合祀の是非を決めるのは政府でも天皇でもなく、靖国神社であるからだ。泰郁彦先生は合祀の際に天皇の内意を確かめなかったことを咎めているが、天皇にお伺いを立てなければならない義務はない。それが結果的に天皇陛下の参拝を途絶えさせたのは残念だったが、合祀を受け入れた松平宮司の判断は間違っていなかったろう。

 今回の件を受け、参拝反対派や分祀論者は勢いを強める可能性がある。ひとつだけ釘を差しておきたいのだが、日頃皇族の政治的発言に批判的な人間が、こういうときだけ錦の御旗のように天皇の発言を掲げるのはやめていただきたい。特に、皇室典範改正論議のときに寛仁親王殿下に「発言を控えよ」と言い放った朝日新聞。間違っても明日の社説で、

「昭和天皇の意思を重く受け止めるべきだ」

などという主張をしないように。きちんと従来通り、「天皇の発言を政治的に利用するな」と言いなさいよ。

【追記】

 今のところ私はこのメモの真贋性について中立の立場を取るが、いちおう参考までに貼り付けておく。

【関連年表】
1975年 8月 三木首相「私人として」参拝(以後「私人か公人か?」が論点になる。)
1975年 11月 昭和天皇の靖国参拝(6年ぶり。不定期で計8回。結果としてこれが最後)
1975年 11月 社会党が天皇陛下の参拝の「公私」について難癖(天皇陛下の参拝が途切れる)
1978年 いわゆるA級戦犯合祀
1985年 中国の靖国非難開始(←中国の非難はここから。合祀から7年も後)
1986年 中曽根参拝中止(首相の参拝が途切れる)
1987年 9月22日 歴代天皇で初めての開腹手術。
1988年 4月28日 「私は、或る時に、A級(戦犯)が合祀され〜私はあれ以来参拝をしていない。それが私の心だ」
      という天皇の発言メモが当時の宮内庁長官、富田氏の『手帳に張り付けられる』(←今回の)
1988年 9月19日 天皇が大量の吐血、以後重体が続く。
1989年 1月7日 昭和天皇崩御


【疑問点】
1.「昭和天皇と交わされた会話を日記や手帳に克明に書き残していた。」のになぜかこの部分は手帳に貼り付けてあった。

2.「だから私はあれ以来参拝していない。」
  天皇陛下は75年(三木首相私人参拝)から参拝していないのに、「私はあれ(3年も後の78年のA級戦犯合祀)以来参拝していない」では辻褄が合わない。

3.あったとされる「発言」が合祀から十年後の昭和63年(1988年)の四月。崩御の前年。

4.天皇陛下が自分の(個人的な)意思で参拝したり、参拝を取りやめたりすることはそもそもできない。それをできると思うのは、外国人か日本の官僚機構を知らない人達。

5.何故、毎年、天皇陛下はABC級戦犯も追悼の対象となっている全国戦没者追悼式に毎年参列して、御言葉も述べているのか。

6.一部記事中の白鳥を白取と誤字。普通間違えるか?

7.論理構成、概念が中国共産党にあまりに都合が良すぎるステレオタイプのような文章。「平和に強い考え」?何それ?中国共産党の影響力の強い旧社会党や社民党がいかにも使いそうな言葉。

8.「松平の子の今の宮司がどう考えたのか、易々と。」「筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが」
78年ならまだしも、合祀から10年経った88年に語ったとするとあまりに不自然な発言。

9.当時の侍従長でA級戦犯の合祀に大反対だった、徳川義寛氏の発言と考えれば、内容はすべて辻褄が合う。
  http://www.tv-asahi.co.jp/n-station/cmnt/shimizu/2001/0816num90.html

10.勅使は陛下の私費で現在まで靖国神社に派遣されている。

11.日記のページは黄色く変色しているにもかかわらず、メモ自体の保存状態が極めて良好(紙が真っ白)。

12.ブルーインクで書かれた文字が、経年劣化で退色したりかすれたせず、綺麗なままである点。

posted by atsu at 22:03| 東京 🌁| Comment(5) | TrackBack(5) | 靖国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月17日

みたままつりみたままレポ2006

 というわけで、みたままつりレポです。文章よりも画像のほうが多くなりそうですけどご容赦ください。

入口

光の祭典01

光の祭典02

拝殿前

 今回の最大の収穫は、やはり佐倉さんのご提案で昇殿参拝が果たせたことでしょう。小野田寛郎さんがよく「靖国に行くと自然に背筋が伸びる」とおっしゃってますが、拝殿の中で儀式が始まるのを待っているあいだ、普段は猫背ぎみの私の背筋もピンと伸びてました。あまりにシャキッとし過ぎたので、低頭したときに背筋が痛くなったほどです。

 辺りをザッと見渡して関心したのは、想像以上に若い人が多かったことです。私はてっきり、昇殿参拝などお年寄りばかりではないかと思っていましたが、全部で100人以上いる中の半分以上を30代以下が占めていたような気もします。茶髪&ピアスのカップルなんかもいたりして、実に意外な感じがしました。コレ、左の人が見たらやはり若者が右傾化していると危惧するんでしょうね。

 神職による一連の儀式と、國學院大学吹奏楽部による「靖国神社の歌」の生演奏が終わると、いよいよ本殿に進むことになります。吹奏楽部の方々は、蒸し暑いなか大変だなと思いました。

 本殿の中は、何とも厳かな空気が漂っていました。二礼二拍手一礼は、いつも以上に気持ちがこもりましたね。これまでの拝殿前での参拝と違って、まさに目前にご神体があるのだから当然です。予習していった玉串の捧げ方を披露する機会はありませんでしたが、何とも言えぬ清々しさを感じました。今後、一年に一度は昇殿するのもいいかもしれません。

【おまけ1・ちょうちんウォッチング】

純ちゃんの隣は…

 TBSが「今年は首相は奉納しなかった」と誤報したらしいですが、当然今年もしっかり首相のはあります。首相の隣は去年と同じく古賀誠です。どの面下げて奉納できるんだと小一時(ry

眞悟タンは肩書きなし

 「A級戦犯を霊璽簿から消せばいい」と主張されている小沢代表の提灯もあります。眞悟タンのも例年通りありましたが、肩書きはありませんでした。

期待の新星、稲田さん

 小泉チルドレンと呼ばないで欲しい議員第一位(私が勝手に決めた)の稲田朋美議員の提灯もありました。この一列は稲田議員が取り仕切る「伝統と創造の会」のメンバーの方々です。稲田先生、期待してます。頑張ってください。

井筒?

 ん? まさかあの某監督か? んなわけない。

全部佐藤忠男さん

 この一角、全て「佐藤忠男」さんです。この名前で検索したら映画評論家の佐藤忠男氏というのがヒットしましたが、同姓同名の別人でしょう。写真を撮っていたら近くにいたおじさんが話しかけてきて「これはきっと全部で百万円くらいするぞ」と言ってました。まあ、いいお金の遣い方ですよね。

【おまけ2 献灯ウォッチング】

よしりん

 よしりんの前は一番の人だかりができてました。今や懐かしき茶魔です。

つのだ☆ひろ

 つのだ☆ひろ。中年道爆走中だそうです。

アホの坂田

 アホの坂田が献灯だ、アソーレ♪

ノンタン

 「ありがとう」。この気持ちが大事なのです。私は感謝するために靖国へ行っています。

小野田さん

 元・靖国神社の神様だった小野田寛郎さん。人間誰しも「矜持」を持って生きていきたいものです。

篠沢秀夫先生

 篠沢秀夫先生。郷土も祖国も地球も愛する、それが当然ですね。どれか一つだけ愛することはできないはずです。

キンキン

 愛川欽也。「今の平和を大切に」。その通りですね。今の平和は、戦争の犠牲になった人のおかげでもたらされているということも忘れないようにしたいです。

森光子

 森光子。深いです。

渡部昇一先生

 渡部昇一先生。無学な私には意味が分かりません。

小堀桂一郎先生

 小堀桂一郎先生。これも、無学な私には意味が分かりません。橘諸兄の漢詩らしいですが。
posted by atsu at 21:37| 東京 ☔| Comment(10) | TrackBack(2) | 靖国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月07日

政治家に中立性を求めてどうする

首相の中立性 なぜ問われぬ(7月7日付東京新聞朝刊掲載)

東京都墨田区 教員 T・Yさん(男性・61歳)

 政党機関紙を休日に配った公務員が有罪となり罰金を科せられた。法律上の難しい表現だが「行政の中立性を損なう抽象的な危険を発生させた」との理由である。

 しかれば小泉首相の靖国参拝に関する政教分離の判決はいかに。憲法判断はなされず、「請求者に具体的な被害を与えていない」とのことで、首相は抽象的にも具体的にも責任を問われることはなかった。

 一公務員の「中立性は」最大限に要求され、公務員の頂点・首相の「中立性」は問われない。法の下での公平はどうなるのか。法は下には厳しく、上には甘いのか。その逆であるべきだろう。

 裁判所は政治的な配慮をして判断を下しているとしか思えない。





 私も、赤旗を配った国家公務員に有罪の判決が出たことには少々の異議がある。今回の件では立川の件のように不法侵入の罪に問われているわけではないし、公務員としての勤務中に赤旗を配ったわけではない。いくら国家公務員といえども私生活上まで政治的中立を保つのは無理があるから、別に休日に合法の範囲内でビラを配ったりするのは構わないと思うのだ。もちろん、彼が国家公務員という肩書きを前面に出して活動をしたらまずいと思うが。

 しかし、このことと首相の靖国参拝とは別問題である。

 だいたい、彼は首相に中立性なんてものを求めているが、政治家なんてのは思想が偏っていて当然だ。保守から革新まで、いろんな人がいるから我々は選挙のときに誰に政治を託したいか選ぶことができる。もし全ての政治化が、

「私は反米でも親米でもなく、反中でも親中でもなく、改憲派でも護憲派でもなく、全てのことがどうでもよいと思ってます」

という思想を持っていたら大変だ。確実に、国は動かなくなるだろう。

 靖国神社における中立性に限定して考えても、私は何の問題もないと断言する。

 私が考える中立性とは、「行くか行かないかは個人の自由」というものである。私を含め多くの靖国参拝支持派は、首相に「行け」と言っていない。しかし靖国参拝否定派は、首相に「行くな」と言う。果たして、どちらが中立性において勝っているだろうか。その政治家ひとりひとりが、自分は「行く」「行かない」と考えるのは自由だが、それを他に強制すると途端に中立性が崩れる。「行く」けど他人に強制しない首相より、「行くな」と首相に強制する反対派議員のほうがよっぽど中立性に欠けているのだ。

 上に甘く、下に厳しい判決に憤る投稿主の主張はもっともだ。しかし、首相の靖国参拝を引き合いに出す論法にはいささか無理がある。この場合、首相の中立性のなさとやらをあげつらうよりも、公務員の政治活動解禁を求めるような主張をしたほうが建設的だった。それだったら私も、「うんうん、その通りだ」とうなずけたと思う。
posted by atsu at 23:24| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 靖国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月03日

靖国への無知が跋扈する政界

古賀氏、靖国神社の無宗教化検討を(ニッカン)

 日本遺族会会長を務める自民党の古賀誠元幹事長は20日夜、TBSの報道番組で、靖国神社参拝問題に関連し、A級戦犯の分祀(ぶんし)を実現するために同神社を無宗教化し、国の関与が可能になる仕組みを検討すべきだとの考えを示した。

 A級戦犯の分祀は、政府や自民党が靖国神社側に働き掛けたこともあるが、宗教上の理由で拒否されている。また宗教施設への国の関与は憲法が定める政教分離に触れる問題がある。麻生太郎外相も16日、宗教法人格を見直し、国が管理に関与すべきだとの考えを示している。

 古賀氏は小泉純一郎首相の後継首相の靖国参拝に関し「1番大切なのは国の安全であり、アジア外交を大事にすべきだ」と中国や韓国への配慮の必要性を指摘した。


「千鳥ケ淵は国立追悼施設に適切」 山崎拓氏が見解(朝日)

 自民、公明、民主の議員でつくる「国立追悼施設を考える会」会長の山崎拓・自民党前副総裁は2日のテレビ朝日の番組で、自民党が拡充を検討し始めた千鳥ケ淵戦没者墓苑について「国立追悼施設をつくる場所としては大変適切だ」と語り、同墓苑周辺が将来的に国立追悼施設に発展することへの期待を表明した。

 山崎氏は、同墓苑の拡充構想を主導する中川秀直政調会長について「彼は国立追悼施設にすることは考えていない」と立場の違いを指摘。一方で、国立追悼施設の設置場所に関しては「新宿御苑とか北の丸公園とか色んな案がある。千鳥ケ淵は最有力案と言ってもいいが、まず調査費をつけて万機公論に決しないといけない」と述べ、次期政権が審議会などを設けて検討すべきだとの考えを示した。


靖国霊璽簿からA級戦犯削除を 小沢・民主代表(東京新聞 ネット上のソースなし)

 民主党の小沢一郎代表は二日のテレビ朝日の番組で、靖国神社のA級戦犯合祀問題について「合祀が間違いで、取り消すべきだ」と指摘。具体的な行為としては、戦没者の氏名や本籍、階級、死亡日時や場所などを記した「霊璽簿」からA級戦犯の名前を削除すべきとの考えを示した。

 無宗教の国立追悼施設を新設する構想については、「遺族も含め、みんながいいのなら、それでいい。ただ、靖国神社で問題がなければ、一番自然でいい」と慎重な姿勢を示した。


「千鳥ケ淵拡充で国立追悼施設に」 公明代表(産経)

 公明党の神崎武法代表は3日、福岡市内で講演し、小泉純一郎首相が指示した東京都千代田区の千鳥ケ淵戦没者墓苑の拡充案について「(首相が)国立追悼施設として位置付けるなら、靖国神社参拝問題が一歩前進すると考える。首相は考えを明確にしてほしい」と述べ、追悼施設建設に前向きに取り組むよう求めた。

 麻生太郎外相や古賀誠自民党元幹事長が靖国神社の宗教法人格見直しを主張していることには「特殊法人になっても靖国神社が伝統的な祭祀(さいし)を行う限り、宗教団体と変わらず、問題の解決にならない。首相が参拝をやめるか、追悼施設を造るかの(どちらかが)問題解決の道だ」と否定的な見解を示した。





 まったくどいつもこいつも…。麻生さんまで最近同じようなことを言っているのがまことに情けないが、無宗教化だの国立追悼施設建設だの霊璽簿抹消だの、靖国に対する知識が皆無としか思えない発言ばかりだ。古賀なんかは今日の東京新聞のインタビュー記事で

「国立追悼施設を造ると靖国が形骸化してしまう。そうならないために無宗教化して国家護持を」

と主張しているが、無宗教化したらそれこそ形骸化だ。国立追悼施設が仮にできても私は無視すればよいだけだが、肝心の靖国神社を霊抜きにされたら私は戦没者追悼ができなくなる。「『神社』という言葉を付けた方がいいかどうかは分からない」などと言っているが、神社でなくなったらいったい何に向かって頭を垂れればよいのか。

 前にも批判したが、霊璽簿から消せばいいというのもまったくのお笑い種だ。同じ民主党の野田佳彦議員がなぜ党首に諫言しないのか分からないが、霊璽簿というのはご神体ではなく、単なる名簿である。そこから名前を抹消したところで、魂が消えるわけではないということを、無知な小沢にちゃんと教えてやってくれないか、野田議員。

 こういうことを恥ずかしげもなく主張できる国会議員は、確実にA級戦犯に対する知識が足りない。まあ、難しい本を読めとは言わないから、せめてよしりんの↓↓↓『いわゆるA級戦犯』↓↓↓くらいは読んでから言ってくれ。誰にでも分かりやすいようにわざわざマンガで描いてくれたんだから。

知らずに「A級戦犯」を語るな
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 古賀も山拓も小沢も神崎も、これを読みながらもし自分がこの時代の政治家か軍人だったら事態をどう打開したかをシミュレーションし、果たして自分が「A級戦犯」を批判できるほど立派な政治家かどうかを胸に手を当てて考えるといい。残念ながら私は、あなた方がそれほど立派だとは思えないが。
posted by atsu at 23:24| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 靖国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月29日

お〜し〜えて くださ〜い♪

首相・都知事の「靖国参拝」訴訟、原告側の控訴を棄却(読売)

 小泉首相と石原慎太郎・東京都知事の靖国神社参拝を巡り、日本と韓国の戦没者遺族137人と1団体が、「政教分離を定めた憲法に違反し、精神的苦痛を受けた」として、国や東京都などに損害賠償と参拝の違憲確認などを求めた訴訟の控訴審判決が28日、東京高裁であった。

 安倍嘉人裁判長は、憲法判断は行わず、「参拝により、法律上保護される原告の権利や利益が侵害されたとは認められない」と述べ、請求を退けた1審・東京地裁判決を支持、原告側控訴を棄却した。原告側は上告する方針。

 原告側が問題にしたのは2001年8月の小泉首相の参拝と、00年8月、01年8月の石原知事の参拝。





 一連の靖国訴訟はもうほとんど最高裁まで行ったんだと思っていたら、まだ高裁でチンタラやってるのもあったんだね。早くも3つの訴訟は最高裁判決が出たっていうのに、いつまでやってんだか。

 原告は「司法は逃げている」とか「これでは三権分立ではなくて三位一体だ」なんてことを言っている。明らかに「僧侶」っぽい人が会見を開いていたけど、宗教家たるものが他宗教を受け入れないとは誠に情けないものだ。試しに首相は、この人のお寺に偶然を装って行ってみたらいい。そのときにこの人が血相を変えて、

「ダメです、ダメです、この寺は政教分離です! 政治家に敷居はまたがせません!」

と言って追い返したら、この人の言っていることには一貫性があるなと評価できるから。

 で、唐突ですが、今日はここで一曲歌わせて頂きます。首相の靖国参拝は違憲だ! 首相の靖国参拝はアジアの人々を傷付ける! と主張する人への思いを込めた歌です。


防人の詩 靖国バージョン

作詞:atsu 作曲:さだまさし大師匠

おしえて ください(教えて下さい)
しゅしょーうが やすくにーへ いくことが(首相が靖国へ行くことが)
せいきょう ぶーんりに(政教分離に)
はんーするーと いーうのーならー(反すると言うのなら)

はつもうでは いけーんでーすか(初詣は違憲ですか)
そうしきは いけーんーですか(葬式は違憲ですか)
じちんさいは どーうーですか(地鎮祭はどうですか)
みさも そーうーですか(ミサもそうですか)

おしえてーー くださーいー♪(教えて下さい)


おしえて ください(教えて下さい)
しゅしょーうが やすくにーへ いくことが(首相が靖国へ行くことが)
あじあの しょこくーを(アジアの諸国を)
きずつけると いうーのーならー(傷付けると言うのなら)

たいわんは なきますか(台湾は泣きますか)
いんどねしあは おこりますか(インドネシアは怒りますか)
たいは どーうーですか(タイはどうですか)
ぱらおも そーうーですか(パラオもそうですか)

おしえてーー くださーいー♪(教えて下さい)


 ご傾聴ありがとうございましたm(__)m
posted by atsu at 23:13| 東京 🌁| Comment(6) | TrackBack(2) | 靖国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月18日

麻生さん、目を覚ませ!

麻生外相、小泉改革路線の継続を強調(朝日)

 麻生外相は17日、松山市で講演し、小泉政権の構造改革を評価したうえで「問題は壊した土地にどんな家を建てるかだ。既得権益に代わる新しいものを作る時代になる。それを止めている規制、規則、法律はとっぱらう」と述べ、改革路線の継続を強調した。

 また、麻生氏は16日深夜のラジオ番組で、靖国神社のA級戦犯合祀(ごう・し)問題について「宗教法人に政治が分祀しろというのは憲法違反」とし、「宗教法人でなくなれば誰でも(参拝)できるようになる」と述べ、同神社の非宗教法人化に言及した。





 このところ、麻生外相は靖国神社についてこのような主張をしているけど、本気で言っているのならかなり幻滅だ。

 政治が「分祀しろ」と言うのが政教分離に反するのは分かるが、じゃあ靖国を非宗教法人化すれば解決するとはどういうことか。宗教法人であるものを、国が無理やり宗教でなくしてしまうのはそれこそ憲法違反ではないだろうか。オウムのような危険集団でさえ国が解体させることはできないのに、どうして靖国神社の解体が許されよう。

 戦没者の追悼という大事なことを、いち宗教法人に任せきりなのはよくないとする麻生外相の主張は分かる。しかし、神社のまま国家護持することが憲法上不可能だからといって、非宗教法人化はあまりに乱暴すぎる。少なくとも私は、宗教的なものが除かれて英霊が消えた靖国神社に頭を垂れたくはない。

 この主張はある意味で、国立追悼施設なるものを造ろうとする主張よりも危険である。仮に国立追悼施設ができても無視すればよいが、靖国を骨抜きにされてしまったら、私にとっては戦没者に祈りと感謝を捧げる場所がなくなってしまう。これは一大事だ。

 麻生外相には、目を覚ましてもらうことを願う。これまで私は「麻生首相も悪くないな」と思っていたが、こんなことでは応援することなどとてもできない。
posted by atsu at 20:25| 東京 🌁| Comment(3) | TrackBack(0) | 靖国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月08日

野田佳彦議員がんばれ

 今日の産経新聞は、目を見張るくらい靖国関連の記事が目白押しだった。なぜ今日という日にこれほど集中したのかよく分からないが、列挙すると

経済同友会「靖国参拝“自粛”を」 総裁選念頭に提言(1面・4面)

米国防長官、「靖国」米は関与せず 中国に抑制求める(3面)

靖国参拝の考察 中止要求「悪い間違い」マイケル・グリーン氏(3面・6面 ネット上のソースなし)

小泉首相に申す 「誠意」が通じない国 櫻井よしこ(3面 ネット上のソースなし)

小沢氏訪中にためらい 秋波に警戒感「利用されるだけ」(3面)

民主・野田氏、A級戦犯分祀を牽制 質問主意書で(4面)

【正論】先人選別する者に宰相の資格なし 靖国参拝は総裁選の重要な争点 政治評論家 屋山太郎(11面 ネット上のソースなし)

となっている。

 どれも読みごたえのあるいい記事ばかりだったが、私が注目したのはこの記事だ。以下引用。

民主・野田氏、A級戦犯分祀を牽制 質問主意書で

 民主党の野田佳彦前国対委員長が7日までに提出した質問主意書で「『A級戦犯』を含む全国戦没者の追悼に問題がないのなら、天皇皇后両陛下や首相の靖国神社への公式参拝は『A級戦犯』を追悼することにつながるとの理由から制約されるべきなのか」と指摘し、「A級戦犯」分祀(ぶんし)論を牽制(けんせい)した。

 野田氏は、平成14年2月に開かれた福田康夫官房長官(当時)の私的懇談会「追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会」の議事録に着目。委員からの「(全国戦没者追悼式の)『戦没者之霊』の中にはA級、B級、C級も含まれるのか」との質問に、厚生労働省が「そういう方々を包括的に全部引っくるめて全国戦没者という全体的な概念でとらえている」と答えている点を改めて問うた。

 「政府はこれまで『A級戦犯』が追悼対象に含まれる追悼式・施設等で天皇皇后両陛下や首相が公式に追悼することは国内的にも、また国と国との関係においても何ら問題ないと判断してきたものと考えられる」と指摘している。


引用ここまで。

 野田佳彦議員といえば、例の永田寿康前衆院議員による「偽メール騒動」のせいで国対委員長の座を辞した人だが、この人の歴史観を私は以前から評価している。昨年10月には、「戦犯とされた人々は既に名誉回復しており、東京裁判は不当である」との質問主意書を国会に提出し、不用意に「A級戦犯を犯罪者だと認識している」と答弁した小泉首相を批判した。(「戦犯」に対する認識と内閣総理大臣の靖国神社参拝に関する質問主意書 及びそれに対する10月25日答弁書 野田氏のHPより

 今回の質問も、A級戦犯がいるから靖国へ行ってはダメだと主張する人々の論理矛盾をよく突いている。国立追悼施設とやらも似た定義なのだが、追悼対象は「一般市民含む全ての戦没者」であって、明確に「A級戦犯は除く」とはされていないのである。どうして、全国戦没者追悼式に首相が行くのは問題にされないのに、靖国へ行くのは問題にされなければならないのだろうか。宗教によらないとはいえ、死者に対して頭を垂れるという点では変わりがないはずだ。

 先月25日から27日にかけて、産経新聞にケビン・ドーク米ジョージタウン大教授による「靖国参拝の考察」という記事が掲載されていた。その中でドーク氏は「戦犯とされる人の霊に弔意を表したから、その人の生前の行動すべに賛意を表明するわけでもない」と述べていたが、私はこの意見に全面的に賛成である。靖国参拝することは、軍国主義と靖国神社の歴史観を全面的に肯定することになるという考えは、まったく当たっていない。

 野田議員は、自民党の議員以上に靖国に対する正しい認識を持っている。遺族会会長でありながら分祀論を主張する古賀誠や、東條英機らの名前を霊璽簿から消せばそれで済むと思い込んでいる小沢一郎は、彼に靖国のことを教わるべきである。野田議員には今後もがんばってほしい。
posted by atsu at 23:48| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 靖国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月23日

小泉の論理矛盾は認めるが

 毎日新聞の投書欄に、記者が持ち回りで担当する「記者の目」というコラムがある。今日は地方部の大西督人記者の担当で、「論理矛盾、小泉首相の靖国参拝」というタイトルだった。長いので全文は引用しない。

 タイトルにもある通り、小泉の靖国論理が矛盾しているのは確かだ。矛盾どころか、破綻していると言ってもいいだろう。靖国の英霊たちを全部ひっくるめて「心ならずも」死んだと言い、A級戦犯を犯罪者と認識しているとまで言った。小泉の靖国に対する勉強不足は甚だしいし、手水も二礼二拍手一礼も無視した参拝のやり方は零点である。しかし、この大西記者の靖国観も間違いが多い。以降、かいつまんで引用しながら突っ込んでいく。


> 小泉純一郎首相の靖国神社参拝は不思議でしようがない。首相が参拝目的とする「全戦没者の追悼と平和祈念」は、政府主催で毎年8月15日に日本武道館で営む全国戦没者追悼式での祈りやあいさつで果たされていると考えるからだ。



 ま、こういう指摘を受けるのも小泉の言う参拝目的がよくないせいだ。「総裁選の公約だから」と一言言えばそれで済むものを、いろいろとおかしな理由を付けるからこうなる。

 でも、全国戦没者追悼式だけでは「全ての戦没者」への追悼はできない。大西記者もこのコラムの中盤で書いているが、全国戦没者追悼式とは「第二次大戦の戦没者約310万人を追悼」するのが目的だ。この数字には空襲の犠牲者などの非戦闘員戦没者も含まれているのだが、日本が明治以降経てきた戦争は第二次大戦だけではない。安政の大獄、戊辰戦争から始まり、台湾出兵、西南戦争、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、満州事変、日中戦争などの戦没者にも思いを馳せることを忘れてはならないだろう。


> 首相の靖国参拝には当初から問題が多かった。91年1月の仙台高裁、04年4月の福岡地裁と2件の違憲確定判決があり、合憲確定判決はないこと。



 いい加減、そのウソはやめてくれ。違憲判決ではないのはもちろんだが、こう書くならせめて違憲判断♀m定判決と書かなければ正確ではない。


> 靖国神社の祭神約250万柱は、時の権力のために戦って亡くなった人が大半。賊軍兵や空襲などによる戦災死者は含まれない。一方で、日本兵として戦った朝鮮半島、台湾出身者らを、遺族の了解を得ずに日本名で祭っている。つまり、批判に対する首相の弁明で、参拝理由を「戦没者全体に哀悼の誠をささげる」(昨年5月の衆院予算委答弁)などとしているのは、事実に反するのだ。



 靖国神社の合祀対象は、実に整合性があると思う。賊軍とされた人々は例え明治維新の功労者である西郷隆盛でさえも祀られていないが、官軍側の死者は一切の差別なく一律に祀られている。戦死者を「こいつは戦い方がよくなかったから」なんていう理由で合祀しなかったりはしていないし、出自による差別もしていない。朝鮮・台湾出身兵を合祀していることをことさら問題視しているが、彼らは日本兵として戦ったのだから合祀は当然だ。むしろ、同じ日本兵なのに出身が朝鮮や台湾だということで合祀しなかったら、そちらのほうがよっぽど差別ではないだろうか。


> 妥協案を探った「A級戦犯を分祀すれば首相も参拝できる」との論にも無理がある。分祀の押し付けは、宗教法人である靖国神社への不当介入になるからだ。新たな国立追悼施設の建設も税金の無駄遣いに終わりかねない。追悼の場としては、それぞれの墓地や、一部の戦没者に限っていない国立千鳥ケ淵戦没者墓苑(東京都千代田区)があれば不足はないはずだ。



 前半は間違っていないと思うが、いちばん最後の文章はどういうこと? 千鳥ケ淵の戦没者墓苑は大東亜戦争における戦没者のうち、身元の判明しなかった遺骨を約35万柱安置しているに過ぎないのだが。これのどこが、「一部の戦没者に限っていない」のだろうか?? 

 民主党の岡田や、社民党の瑞穂など、千鳥ケ淵にだけ行って靖国に行かない政治家がいるが、これは根本的に間違っている。これは私が考えた中でいちばん気に入っている比喩なのでまた使わせてもらうが、戦没者慰霊という行為をカレーライスに例えると、

靖国神社がカレールー千鳥ケ淵は福神漬け

なのだ。靖国に行って千鳥ケ淵に行かないのは特に問題はない。福神漬けなしでカレーを食べても、カレーはカレーだからだ。だけど、千鳥ケ淵にだけ行って靖国に行かないのは、246万柱の英霊のうち35万柱しか追悼しないことになる。それはまるで、ルーをかけずに福神漬けだけでご飯を食べるようなもので、もはやカレーライスとは呼べないのである。ゆえに、戦没者を慰霊するという行為において、千鳥ケ淵にしか行かないというのは根本的に間違っている。こういう中途半端なことをするくらいなら、どちらにも行かないほうがマシだ。


> 私は、外国からの批判を理由に靖国参拝をやめるべし、と言っているのではない。首相は、自らの論理にさえ合わない参拝を、自身の判断でやめるべきだ、と主張しているのだ。首相が靖国参拝をやめれば一件落着、とも考えてはいない。日本人の多くは、あの戦争が起きた経緯と戦争責任について真正面から考えたことは少なく、A級戦犯らに戦争責任を押し付けていはしないか。そうした風潮が首相の靖国参拝を漫然と許してきたのではないか。



 やはり、靖国へ行くのならその参拝目的をきちんと明確に持ちたいものだ。私が靖国へ行く目的は「国のために命を捧げた英霊たちに感謝の意を示すため」である。二礼二拍手一礼するときは、私は必ず心の中で「あなた方のおかげで私は今日の日本に生かされております。どうか安らかにお眠り下さい」と言っている。これは残念ながら、追悼式や千鳥ケ淵で言っても意味のないことだ。

 しかし、「A級戦犯に戦争責任を押し付けているから、首相の参拝が漫然と許されてきた」というロジックはよく分からない。参拝に反対している人の多くは、A級戦犯が祀られていることをその理由にしていなかったかと。私はA級戦犯とされる人々にだけ戦争責任を押し付けるつもりは毛頭ないから、首相が参拝すること自体には何の問題性も感じないわけだが。


> 首相が過去の侵略や植民地支配について公式謝罪するだけではなく、日本人一人一人が世代を超えてそうした努力を積み重ねてこそ、実を伴った反省だと周囲は認めるだろう。

 紛糾し続ける小泉首相の靖国参拝を、日本人が戦争責任について再考するきっかけにしたい。



 結局、日本だけが反省しろということなんだよね。先の戦争は「侵略」という一言で切って棄てられるほど単純ではないし、朝鮮や台湾の統治も欧米列強が行った「植民地支配」とはだいぶ異なるものなんだが、それらを全て「侵略」「植民地支配」と認識しろってか。ずいぶんと乱暴な考えだ。この期に及んで中国や韓国に「一億総ざんげ」なんかしたら、向こうをよりつけ上がらせるだけなのに、相変わらず「日本人は悪かったんだから謝れ」としか言えないんだなぁ。がっかり。
posted by atsu at 23:54| 東京 ☔| Comment(3) | TrackBack(0) | 靖国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月13日

それでも遺族会会長か!

A級戦犯「分祀を検討」 古賀遺族会長が提言へ(朝日)

 日本遺族会会長の古賀誠元自民党幹事長は9月の自民党総裁選に向けた自らの政策提言で、靖国神社に合祀(ごうし)されているA級戦犯の「分祀(ぶんし)の検討」を盛り込む意向を固めた。靖国神社に検討を促すもので、来週、共同代表を務める丹羽・古賀派の政策勉強会で公表する。同派が6月にも取りまとめる政策提言にも盛り込まれる見通しだ。

 靖国問題について小泉首相や安倍官房長官は「争点にすべきではない」と主張している。

 古賀氏は、中韓両国が批判するA級戦犯合祀の解決を訴えることで「アジア外交の重視」をポスト小泉選びの対立軸として鮮明にする狙いがあるようだ。

 提言では、小泉首相の靖国神社参拝をきっかけに中韓両国との首脳会談が途絶えるほど関係が悪化した現状を指摘。そのうえで「戦没者ではない一部の英霊を分祀することも検討の対象となろう」と明記した。

 A級戦犯の分祀について、靖国神社側は「神社祭祀(さいし)の本義からあり得ない」などと反発。ただ、中曽根元首相や中川秀直自民党政調会長らが分祀に言及している。





 性懲りもなく、またぞろA級戦犯分祀論である。しかも、今回は遺族会会長の古賀誠の口からである。かねてより、どうして古賀のような人物が遺族会会長というイスに座っているのか疑問であったが、このような見解を公式に出す以上は、潔く会長を下りるべきではないだろうか。

 だいたい、A級戦犯など存在しないと何度言わせるんだ。中曽根といい、小沢といい、古賀といい、A級戦犯にだけ責任を被せてそれでよしとする卑怯者ばかりだ。いい加減うんざりする。
posted by atsu at 19:28| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(1) | 靖国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月20日

軽々しく小野田さんの名前を出さないでよ

早い話が:自民に先手の小沢流=金子秀敏(毎日)

 民主党の代表になった小沢一郎氏が、靖国神社のA級戦犯合祀(ごうし)問題で新しい解決案を出した。

 「そもそも(A級戦犯は)あそこに祭られる資格がない」「名札みたいなものがなくなればいい」

 小沢氏は詳しく説明していないが、小野田寛郎(おのだひろお)元少尉方式だろう。

 小野田氏は、終戦後もフィリピン・ルバング島のジャングルで戦闘を続けていたが、日本では戦死とされ靖国神社に合祀された。1974年に生還した時、靖国神社は祭神簿から小野田氏の氏名を削除した。戦死が事実誤認なので、はなから合祀が無効だったからである。これが「名札みたいなものをなくす」ことだ。

 いちど合祀したら分祀はできないというのが靖国神社の主張だ。しかし、祭られる資格がなければ合祀は無効となる。そもそも靖国神社の祭祀について、小泉純一郎首相は「死ねばみんな仏様」と言った。祭祀を葬儀と誤解していないだろうか。明治政府は1885年、神官が葬儀に関与することを禁じた。それ以後、全国の神社は、「宗教ではない」国家神道に再編される。

 戦前の靖国神社の合祀祭とは、天皇が、天皇のために戦死した兵士の功績をたたえる栄誉礼である。だから、同じ戊辰(ぼしん)戦争の戦死者であっても平等ではない。賊軍は合祀される資格がない。

 ではA級戦犯の資格はどうか。東京裁判は戦勝国による政治的報復劇である。戦時国際法違反に問われたBC級戦犯の軍人軍属は戦死に準ずると言えるが、戦争の政治責任を問われたA級戦犯は戦死とは違う。連合国の言うA級戦犯は、日本人にとっては戦争指導者である。天皇を補弼(ほひつ)しながら、結果的に敗戦に導いた政治家や軍人を、天皇は栄誉の礼で遇するだろうか。合祀は、死ねば平等の葬儀ではない。祭られる者の資格の有無は、天皇が判断する。

 戦後、国家神道は廃され、靖国神社は宗教法人となった。だが戦没者とその遺族のために、天皇の親拝という宗教行事は静かに続いていた。ところがA級戦犯合祀という政治的な波風が立ってから、天皇は親拝を取りやめている。小沢氏の言うように「名札」を外して合祀無効を確認すれば、自然にもとの環境に戻るのである。

 一説によると、A級戦犯の合祀無効論は、自民党も検討していたという。その先手を打ったとしたら、これが剛腕小沢流か。(専門編集委員)





 小野田寛郎さんを引き合いに出して、昭和殉難者(A級戦犯)も同じように霊璽簿から削除すればいいとは、また滑稽な物言いである。小野田さんが靖国から外された理由は、昭和殉難者たちのそれとは次元が違うというのに。

 戦死扱いされていた小野田さんが靖国から外されたのは、その生存が確認されたからである。これまでは死んだと思っていたから合祀していたわけだが、生きていたことで実は合祀されていなかったことが分かった。まさか、生きている人から英霊を取り出して祀ることはできないから、霊璽簿から消されただけに過ぎない。横井庄一さんの場合も同様だし、この度帰国を果たした上野石之助さんも、もし合祀されていたのなら外されることだろう。

 翻って、昭和殉難者たちの場合はどうか。東條英機ら絞首刑に処された7人と獄死した7人は、間違っても生存してはいない。きちんと死亡したことが確認されているわけで、小野田さんたちのように推測で死亡扱いされていたのとは違う。従って、東條らの魂は確実に「英霊」となっているのであり、靖国神社が了承して一度合祀した以上、あとからそれが誤りだったの何だのと文句をつけることはできないのである。それでもなお政治が「霊璽簿から消せ」と命じるのならば、それは政教分離に抵触してしまう。

 金子氏は、「祭られる者の資格の有無は、天皇が判断する」と述べているが、こんなことは聞いたことがない。確かに、幕末から明治維新にかけて「朝敵」とされた人々は祀られていないが、その後の外国との戦争において戦死した軍人・軍属はみんな平等に合祀されている。民族による差別もなく、台湾出身者も朝鮮半島出身者も平等だ。天皇が、「この人は資格あり、この人は資格なし」などと、いちいち判断したはずがない。

 合祀するかどうかを判断するのは、あくまで靖国神社である。事実、5代目宮司の筑波藤麿氏は、政府が要請してもA級戦犯の合祀には慎重だった。靖国神社が首を縦に振らない以上は、政府としても無理に「合祀しろ!」とは言えない。しかし、次に宮司になった松平永芳氏は合祀に積極的だった。宮司が合祀OKと言えば、それは靖国神社がOKと言ったことになる。いったん、靖国神社の意思で合祀がなされた以上、それを無効にすることは靖国神社でもできない。無効にできるのは、冒頭に書いたような「実は生存していたことがわかった」ときだけなのである。昭和殉難者たちを小野田さんと同じように靖国から除けると思うのなら、ぜひ彼らが刑死・獄死せずに生存していたということを証明してほしい。

 ちなみに今、小野田寛郎さんと中條高徳さんの対談をまとめた『だから日本人よ、靖国へ行こう』という本を読んでいる。内容の一部はかつての『WiLL』に掲載されたものの再録だが、ほとんどの部分はこの本が初出となるので、読む価値は高い。対談形式なので読みやすく、読むのが遅い私でも昨日と今日で半分読むことができた。小野田さんも前書きの中で「この本は特に真っ白な状態の若い人たちに読んでほしい」と仰っているので、靖国について知らない人には特にオススメする。もちろん知っている人でも、靖国に対する知識を補強するのには非常に役に立つと思うのでオススメ。やはり、小野田さんのお言葉はひとつひとつが重く心に響いてくるのだ。

 今回のコラムを書いた金子編集委員も、この本を読むべきだ。小野田さんを引き合いに出したのだから、小野田さんの言葉をかみ締めるべきである。マトモな感覚なら、読後は同じようなことは主張できなくなるだろう。

【追記】

 「A級戦犯は合祀される資格がない」とのことだが、A級戦犯を合祀してはならんと明記する法律はどこにもない。もちろん、サンフランシスコ講和条約にもそんな文言は存在していない。そればかりか、昭和28年に「戦争犯罪による受刑者の釈放等に関する決議」が与野党満場一致で可決されており、その時点で全ての戦犯の名誉回復がなされている。昭和28年以来、日本には戦犯と呼ばれる人間はいないのである。

 よって、今ごろになって「A級戦犯は合祀される資格がない」と言うのなら、まずこの決議を廃案にし、昭和殉難者らがA級戦犯であることを再確認する必要がある。しかし、靖国反対派からそのような動きは出ていない。「A級戦犯」とはいったい何であるのか、分かっていないことが明確である。

 ちなみに、私のブログを読まれている方などは皆さんご存知のこととは思うが、この決議を成立させるのにもっとも尽力した人は旧社会党の堤ツルヨ議員である。土井たか子や福島瑞穂や辻元清美らの先輩にあたるわけだが、彼女らは堤議員の行った偉業をいったいどのように心得ているのだろうか。一度訊いてみたいものだ。
posted by atsu at 21:45| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 靖国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月02日

媚中従属団団長、橋本龍太郎が行く

靖国参拝の「政治化」回避を 橋本元首相が人民日報で(朝日)

 1日付の中国共産党の機関紙・人民日報(海外版)は、胡錦涛(フー・チンタオ)国家主席と会談した日中友好7団体の代表団団長の橋本龍太郎元首相とのインタビュー記事を掲載した。橋本氏はその中で「小泉純一郎首相による継続的な靖国神社への参拝は日中関係に良くない影響を与える」と指摘。小泉首相に対し、靖国神社参拝問題の「政治化」を避けるべきだと働きかけてきたとも述べた。





 この橋本龍太郎という御仁は、どうしようもないな。胡錦涛への土下座だけでは飽きたらず、中共の機関紙において日本批判までやってのけるとは。こんな人間が以前は首相をやっていたことに戦慄を覚える。橋本も一度在任中に靖国参拝をしたことがあるが、中韓にやめろと言われてやめたあとで何かいいことがあったのかと問い詰めたい。

 だいたいこの時期に、わざわざのこのこ中国まで出かけていく神経が理解できない。これでは、まるで日本側が中国と首脳会談を望んでいるかのような誤った印象を向こうに与えてしまうではないか。悪いが日本は、中国との首脳会談がなくても一向に差し支えない。向こうが困るまで放っておいたらいいのだ。

 ちょうど昨日、上坂冬子氏の戦争を知らない人のための靖国問題という本を読み終わったのだが、その巻末で上坂氏は、日本政府は公式見解として、中国・韓国に靖国問題についての「声明書」を送れと書いている。そして、その声明書の案まで提示しているのだ。その要旨は

一.いかなる犯罪人でも、裁判を経て刑が処されればその事件は決着したことになる。

二.靖国神社は中国で義和団事件が起こるよりも30年も前に造られた施設。サンフランシスコ平和条約締結後の1951年に吉田茂は閣僚とともに参拝をしている。独立日本の初の公式行事として行われたのが靖国参拝だ。

三.サンフランシスコ平和条約発効の翌年には戦死者・戦傷病死者・戦犯刑死者の全てを国家のために命を捧げた人として、差別をせずに扱うということを決めた。よってA級戦犯の分祀はできない。

四.サンフランシスコ平和条約に署名・批准した49カ国の中には、中華人民共和国・大韓民国・中華民国(台湾)のいずれも含まれていない。条約に署名・批准していない国は、日本の処遇について一切口出ししてはならないということが明記されているので、中国及び韓国が戦犯問題に口を出す権利はない。49カ国の国々からは、一度も戦犯問題について異議を唱えられたことはない。

五.インドのパール判事は、かつてはそれぞれの国に交戦権があり、他国への武力行使が犯罪だとする国際法はなかったと主張した。したがって、A級戦犯が問われた「平和に対する罪」は犯罪に該当しない。


 というものである。

 私から言わせれば、グウの音も出ないほどの正論なのだが、悲しいことにこれを理解できる中国人・韓国人はまずいないだろう。日本人サヨクの中にも「被害者の感情を考えない冷酷な主張だ!」と反発する者が少なからずいると思われる。しかし、そういう人に対してはとことん理詰めで攻めるほか方法はないだろう。理解してもらえなければそれまで。無理に理解させる必要もないだろうが、日本としての主張だけはしっかりしておく必要がある。橋本龍太郎も、本当に日中の友好を望んでいるのならば、土下座ではなくてこのような主張をしてくるべきなのだ。

 ところで、朝日と産経が今日の社説でこのことを扱っているが、朝日の社説内に気になる記述がある。

 しかし、これほど強く、靖国参拝の断念を首脳会談再開の条件に掲げてしまうと、日本では事態をかえって難しくする面がある。

 「他国に言われて参拝をやめるのはおかしい」という声は、参拝に批判的な人にも少なくないからだ。秋の自民党総裁選を控えて、参拝に慎重姿勢を見せる候補への風当たりがきつくならないか。


 ……中国が行くな行くなと言えば言うほどに行かざるを得なくなる理屈を、朝日も少しは分かってきたのか? ついこないだ、麻生外相が似たような発言をしたとき、朝日はそれを批判していたような気がするが、記憶違いだろうか。

反日デモ1年 春の雪解けはまだか(朝日社説)

【主張】胡主席発言 日本国民の反感招くだけ(産経社説)
posted by atsu at 10:10| 東京 🌁| Comment(3) | TrackBack(1) | 靖国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月09日

あ、麻生さん? 何言ってるの?

A級戦犯を分祀すべきだ…麻生外相(読売)

 麻生外相は8日、日本記者クラブで記者会見し、小泉首相の靖国神社参拝問題に関連して、「A級戦犯について言えば、靖国神社は戦死者をまつるところで、戊辰の役以来、戦死者しかまつっていない。(しかし)戦死者ではない方がまつられている」と述べ、A級戦犯を分祀(ぶんし)すべきだとの考えを示した。

 イラク南部サマワで活動中の自衛隊の撤退時期については、「政権がきちんとできあがっていない状況では、我々に限らず、英、米、豪も(撤退は)なかなか難しくなった」と述べた。





 麻生さんどうしたんだろうか。こんな、まるで靖国についての知識がないかのような発言が、麻生さんの口から飛び出すとは意外である。いったい、外相の身に何があったのか…。

 戦死者ではない、刑死者が混じっていることを問題視する意味が分からない。A級戦犯はもちろんだが、靖国には多くのBC級戦犯とされた人々も祀られている。BC級戦犯もまた刑死者なのだが、戦死者ではないことがA級戦犯を除く理由になるなら、BC級戦犯も分祀せねばならなくなる。そんなのはどう考えたっておかしいことだ。

 そもそも、靖国の本質を理解しているのならば、分祀うんぬんという話が出てくること自体がおかしい。麻生さんほどの人がこれを理解していないとは思えないのだが、どうしてこんな発言をしたのか、いくら考えても分からない。
posted by atsu at 23:04| 東京 🌁| Comment(3) | TrackBack(0) | 靖国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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