今日は昭和の日。我が家でも、日の丸を立てて奉祝致しました。しかし今日はものすごく風が強かったので、せっかく立てた日の丸の旗がすぐにクルクルと巻き付いてしまってすごく残念でしたね。風はある程度あったほうが旗がなびくのでいいのですが、さすがに強すぎるとダメです。
私は先日から、よしりんが書き下ろした「昭和天皇論」を読んでます。内容が濃い上に装丁も分厚いのでまだ3分の1くらいしか読めてませんが、改めて昭和天皇とはすごいお方だったのだなと思い知らされてますね。これまでの天皇の中で、昭和天皇ほど激動の時代を生き、数多の苦難を乗り越えられた方はいないと思います。
そして、この際告白しますが、私は皇室についての認識を改めました。私は数年前の皇室典範改正問題のとき、頑なに男系維持を唱えていましたが、「女系公認」へと舵を切ります。男系よりも大切なものは皇統の維持であるということに気づけたからです。
以前よしりんが「天皇論」において女系容認を言い出したとき、正直私はガッカリしました。よしりんともあろう人が、125代にわたって連綿と続いてきた男系天皇を軽んじるのかと。しかし、その後のよしりんの主張を読むにつれ、よしりんの言っていることは間違っていないと次第に思うようになったのです。
平成18年に悠仁親王がお生まれになり、次世代の男性皇族がいないという喫緊の課題は解消されたかに見えました。でも、これは単に一時しのぎに過ぎません。このまま20年30年と時が経てば、皇族の方々は薨去されたり結婚して臣籍降下されたりして、どんどん減っていきます。三笠宮家・高円宮家の5人の女王殿下と、秋篠宮家の眞子内親王殿下、佳子内親王殿下が臣籍降下なさったら、もう若い皇族は悠仁親王殿下と愛子内親王殿下だけ。もしも愛子内親王殿下まで皇籍を離れられたら、悠仁親王殿下は完全に一人になってしまってもはや後がありません。そして悠仁親王殿下にお妃様ができなければ、そこで皇統は断絶なのです。わずか30年後に、そのような事態に陥る危険性が十二分にあるのです。
私にも未だに「寛仁親王か桂宮家、高円宮家に男のお子さんがいれば。常陸宮家に男のお子さんがいれば。もっと言えば高松宮家か秩父宮家に男のお子さんがいれば」という未練がましい気持ちもあります。だけどそんなことを言ったところで何も始まりません。いつまでも男系にこだわっていると、それが皇室の滅亡を招きます。未だに保守派論客の中には男系絶対主義者が多いですが、そろそろ現実に目を向けることにシフトしないと、取り返しのつかないことになると思います。
私は以前、渡部昇一先生が言っていた「男性は種で女性は畑。どの畑にも皇族の種をまけば皇族が生まれるが、皇族の畑に別の男性の種をまくと皇統が変わってしまう」という説を支持していました。しかし今となっては、皇族の畑で生まれて育てばそれは皇族だと思いますね。
例えば、天皇陛下は皇居内にある水田で稲作をなさっていますが、あるとき「今年は麦も育ててみよう」と仰ったとします。麦をまけば確かにそこに育つのは麦ですが、だからと言って皇居の畑で陛下が育てられたものだということに変わりはありません。なので、女性天皇と外部の男性の間にできた子供であっても、皇族として生まれて皇族としての教育を受けられるのであれば、何の問題もないだろうと思います。
それに対し、皇居の外で一般人として育った旧宮家の男性では、男系の血が入っていたとしても皇族としての素養はないでしょう。一般人の女性が皇后になるのと、一般人の男性が天皇になるのとでは、天と地ほどの差があると思いますよ。ま、皇配殿下(女性天皇の夫)として皇族入りするくらいならば可能だと思いますが。
とりあえず現状として確実に言えることは、皇室典範を何らかの形で改正しなければ数十年後には皇統断絶だということです。ですから、サヨクはこの問題について口を挟みません。何もしないだけでにっくき皇室がこの地球上から消えてなくなるからです。だからこそ今になって考えれば、せっかく皇統を維持するために作られた皇室典範を改正するための動きを、皇室を敬うべき保守派が潰してしまったのは本末転倒でした。私もその動きに同調していましたが、思い起こせば恥ずかしいです。
皇室を敬う日本国民の一人として、私は皇統を維持する最善の策を支持しようと思います。そのためには、下らないこだわりは捨てます。私はこのエントリにおいて「女系公認派」となったことを正式に宣言致します。
posted by atsu at 20:04| 東京 ☀|
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