2012年06月06日

寛仁親王殿下ご薨去

 この度のご薨去に際しましては、謹んでお悔やみ申し上げます。

 しかし、ご両親である三笠宮殿下ご夫婦が96歳と89歳でどちらもご健在だというのに、そのご子息が2人も先立ってしまうとは、なんと悲しいことなのでしょうか。私も、親より先に死ぬようなことがあってはならないなと改めて感じました。

 正直私は、寛仁殿下が倒れられたりご入院されたりするのは割と日常茶飯事なので、今回も大丈夫だろうと高をくくってました。かなり重態とは言ってましたが朝までは危篤ではないなんて報道されてたんで、そんなに心配していなかったんですよね。だから昼過ぎに薨去の報道が流れたときは、かなり強いショックを受けました。それ以降、何だか私まで気分がすぐれなくなってしまいました。

 記帳が始まったら行こうと思います。
posted by atsu at 22:03| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース−社会 皇室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月03日

一生モノの宝ですよ

大相撲 天皇陛下が異例の書簡 白鵬関の活躍ねぎらう(毎日)

 天皇陛下は3日午前、日本相撲協会の村山弘義・理事長代行に対し、名古屋場所で全勝優勝を果たし、昭和以降、歴代3位の連勝記録を達成した横綱・白鵬関の活躍をねぎらう書簡を渡した。天皇陛下が力士に対してねぎらいの書簡を送るのは異例。

 宮内庁によると、天皇陛下の言葉を川島裕侍従長名で書簡にしたもので、両国国技館(東京都墨田区)で宮内庁側から村山理事長代行に手渡された。書簡は「困難な状況にありながら、連日精励奮闘して幕内全勝優勝を果たしたのみならず、大鵬関の連勝記録を超え、歴代3位の連勝記録を達成した横綱白鵬関に、おねぎらいとお祝いをお伝えになるとともに、今後とも元気に活躍するよう願っておられる」などと記されているという。【真鍋光之】

 ◇白鵬関は「光栄」

 横綱・白鵬関と日本相撲協会の村山弘義・理事長代行らが3日午前、東京・両国国技館で記者会見。紋付きはかま姿の白鵬関は「陛下からのお言葉をいただき、これ以上のものはないと思っております。心から喜んでおります。光栄でございます」と話した。

 さらに「賜杯がなく、うれしさ、悲しさ、寂しい気持ちから涙を流した」と7月25日の名古屋場所千秋楽表彰式を振り返った。

 村山理事長代行も「誠にありがたいお言葉に感激しております。心を新たにして大相撲の発展に精進と努力をしてまいりたい」と述べた。

 野球賭博問題の影響で、協会は名古屋場所での天皇賜杯授与などを自粛していた。【武藤佳正】





 おお、なんという心遣いであらせられましょうか。このような細やかなご配慮ができるのは、さすが今上陛下だなと思います。素晴らしいですね。

 白鵬にとってもこれはとてもよいことだと思いますよ。確かに天皇賜杯がなかったのは残念だったでしょうが、賜杯は本場所で優勝した力士なら誰でももらえるもの。それに比べて、陛下直々の書簡などというものは、そうそうもらえるものではありません。一生のお宝となることと思います。

 これを機に、相撲界はさらに悔い改めるべきでしょう。相撲協会と全ての力士は、陛下のお心遣いを無駄にしないよう努めなければなりません。この期に及んでも相撲協会には自浄能力がうかがえない部分がありますから、何とかしてほしいものです。陛下にここまでさせておきながら、なおも問題が発生するようだったら、もう国技の看板を下ろしてもらうほかないですね。


posted by atsu at 23:09| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース−社会 皇室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月29日

昭和の日に皇統のことを考える

 今日は昭和の日。我が家でも、日の丸を立てて奉祝致しました。しかし今日はものすごく風が強かったので、せっかく立てた日の丸の旗がすぐにクルクルと巻き付いてしまってすごく残念でしたね。風はある程度あったほうが旗がなびくのでいいのですが、さすがに強すぎるとダメです。

 私は先日から、よしりんが書き下ろした「昭和天皇論」を読んでます。内容が濃い上に装丁も分厚いのでまだ3分の1くらいしか読めてませんが、改めて昭和天皇とはすごいお方だったのだなと思い知らされてますね。これまでの天皇の中で、昭和天皇ほど激動の時代を生き、数多の苦難を乗り越えられた方はいないと思います。

 そして、この際告白しますが、私は皇室についての認識を改めました。私は数年前の皇室典範改正問題のとき、頑なに男系維持を唱えていましたが、「女系公認」へと舵を切ります。男系よりも大切なものは皇統の維持であるということに気づけたからです。

 以前よしりんが「天皇論」において女系容認を言い出したとき、正直私はガッカリしました。よしりんともあろう人が、125代にわたって連綿と続いてきた男系天皇を軽んじるのかと。しかし、その後のよしりんの主張を読むにつれ、よしりんの言っていることは間違っていないと次第に思うようになったのです。

 平成18年に悠仁親王がお生まれになり、次世代の男性皇族がいないという喫緊の課題は解消されたかに見えました。でも、これは単に一時しのぎに過ぎません。このまま20年30年と時が経てば、皇族の方々は薨去されたり結婚して臣籍降下されたりして、どんどん減っていきます。三笠宮家・高円宮家の5人の女王殿下と、秋篠宮家の眞子内親王殿下、佳子内親王殿下が臣籍降下なさったら、もう若い皇族は悠仁親王殿下と愛子内親王殿下だけ。もしも愛子内親王殿下まで皇籍を離れられたら、悠仁親王殿下は完全に一人になってしまってもはや後がありません。そして悠仁親王殿下にお妃様ができなければ、そこで皇統は断絶なのです。わずか30年後に、そのような事態に陥る危険性が十二分にあるのです。

 私にも未だに「寛仁親王か桂宮家、高円宮家に男のお子さんがいれば。常陸宮家に男のお子さんがいれば。もっと言えば高松宮家か秩父宮家に男のお子さんがいれば」という未練がましい気持ちもあります。だけどそんなことを言ったところで何も始まりません。いつまでも男系にこだわっていると、それが皇室の滅亡を招きます。未だに保守派論客の中には男系絶対主義者が多いですが、そろそろ現実に目を向けることにシフトしないと、取り返しのつかないことになると思います。

 私は以前、渡部昇一先生が言っていた「男性は種で女性は畑。どの畑にも皇族の種をまけば皇族が生まれるが、皇族の畑に別の男性の種をまくと皇統が変わってしまう」という説を支持していました。しかし今となっては、皇族の畑で生まれて育てばそれは皇族だと思いますね。

 例えば、天皇陛下は皇居内にある水田で稲作をなさっていますが、あるとき「今年は麦も育ててみよう」と仰ったとします。麦をまけば確かにそこに育つのは麦ですが、だからと言って皇居の畑で陛下が育てられたものだということに変わりはありません。なので、女性天皇と外部の男性の間にできた子供であっても、皇族として生まれて皇族としての教育を受けられるのであれば、何の問題もないだろうと思います。

 それに対し、皇居の外で一般人として育った旧宮家の男性では、男系の血が入っていたとしても皇族としての素養はないでしょう。一般人の女性が皇后になるのと、一般人の男性が天皇になるのとでは、天と地ほどの差があると思いますよ。ま、皇配殿下(女性天皇の夫)として皇族入りするくらいならば可能だと思いますが。


 とりあえず現状として確実に言えることは、皇室典範を何らかの形で改正しなければ数十年後には皇統断絶だということです。ですから、サヨクはこの問題について口を挟みません。何もしないだけでにっくき皇室がこの地球上から消えてなくなるからです。だからこそ今になって考えれば、せっかく皇統を維持するために作られた皇室典範を改正するための動きを、皇室を敬うべき保守派が潰してしまったのは本末転倒でした。私もその動きに同調していましたが、思い起こせば恥ずかしいです。

 皇室を敬う日本国民の一人として、私は皇統を維持する最善の策を支持しようと思います。そのためには、下らないこだわりは捨てます。私はこのエントリにおいて「女系公認派」となったことを正式に宣言致します。




posted by atsu at 20:04| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | ニュース−社会 皇室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月28日

陛下に転居を勧める亀井

亀井氏、陛下に皇居移転進言「恐れ多くも…」(読売)

 国民新党代表の亀井金融相が27日、皇居で24日に行われた宮中昼食会の際の天皇陛下との会話の内容を明かす一幕があった。

 皇居を京都府か、亀井氏の地元・広島県に移すよう進言したというもので、閣僚が天皇との会話の内容を公にするのは極めて異例だ。

 宮中昼食会の様子を語ったのは27日のテレビ朝日の番組。「天皇の政治利用」だとする批判が出た先の習近平・中国国家副主席との会見を巡る議論の流れの中で、亀井氏は「恐れ多くも陛下に申し上げたのは『権力の象徴だった江戸城にお住まいになられるのではなく、京都か広島に住まわれてはいかがでしょうか。お城にお住まいになるのは、立場上ふさわしくないのではありませんか』と。私から一方的に申し上げた」と述べた。

 番組終了後には記者団に「天皇陛下は『私は京都は好きです』と言っておられたが、広島は好きですとまでは言っておられないが」とも語った。

 閣僚が所管事項を天皇に口頭で報告する「内奏」の場合だと、1973年に昭和天皇のお言葉を漏らした増原恵吉防衛長官(当時)が、天皇の政治利用だとの批判を浴び、辞任に追い込まれた例がある。





 もうやだこの政権。汚沢といいジャスコといい亀井といい、どいつもこいつも不敬な輩ばかり。こんな政権のときに陛下がご即位20年を迎えられたことを、改めて申し訳なく思います。

 亀井はそんなに、陛下が東京にいらっしゃることがイヤなんですかね? でも、皇室が日本の首都である東京にあることの、何が問題なんです? まあ元々いらした京都を勧めるのはまだ分かりますが、何だってお前の故郷の広島に陛下が行かねばならんのよ。有史以来、皇室が広島にあったことなんて一日たりともないのに。

 自分の故郷に遷都を勧めた人間というと、三国志の曹操を思い出します。彼は董卓によって洛陽の街が破壊しつくされ荒廃していることを理由に、後漢の献帝に対し許昌への遷都を進言しました。曹操はその後献帝の権威を傘にして権力をほしいままにし、息子の曹丕の代になってから強制的に禅譲させて国を乗っ取ります。まあ、亀井ごときにそこまでの野望があるとは思えませんがね。

 陛下は亀井の話に直接お答えにはならなかったそうですが、そんなの当たり前です。お立場上「そうですね」とか「それはできません」とかも言えないでしょうが。陛下もさぞかしお困りになったと思いますよ。「京都は好きです」と仰って場の空気を取り繕うのが精一杯だったかと思われます。

 過去、これほどまでに皇室を軽く見る政権もなかったでしょうね。早いところ、この逆賊政権を打倒しないと日本が日本でなくなってしまう気がしますわ。国会議員と公務員限定で、不敬罪を復活させたほうがいいんじゃないですかねー?


posted by atsu at 08:07| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース−社会 皇室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月23日

来年こそはっ、必ず!

天皇陛下「健やかに新年を」 一般参賀、過去最高3万人(産経)

 天皇陛下の76歳の誕生日を祝福する一般参賀が23日、皇居で行われ、平成の天皇誕生日では過去最高となる3万560人が訪れた。陛下は午前中、宮殿「長和殿」のベランダに3回姿を見せ、「誕生日にあたり、みなさんが祝意を表してくれたことを深く感謝します」とあいさつされた。

また、「来る年が少しでも良い年になるよう、そしてみなさんがくれぐれも身体を大切にされ、健やかに新年を迎えられるよう願っています」と述べられた。

ベランダには皇后さま、皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻も姿を見せ、陛下とともに手を振って祝意にお応えになった。

宮内庁によると、これまでの平成の天皇誕生日の最高参賀者数は、昨年の2万2655人だった。今年は穏やかな晴天に恵まれたこともあり、午前中だけで昨年の人数を上回った。

午後には記帳が行われ、陛下は宮殿で皇族方とともに、鳩山由紀夫首相らを招いて開いた祝宴に出席された。





 ああああ〜、一般参賀に行きたかったよ〜〜〜(涙)

 実はですね、水尾さんに誘われていたのですよ。だけど、私の職場は今が繁忙期の真っ最中。他の時期には祝日出勤なんてまずないのに、天皇誕生日に限って出勤でした。休日出勤時は割と出勤時間は自由らしいけど、まだ入って一年目のぺ〜ぺ〜なんでそこは自重。おとなしく9時半の定時に出勤したので、一般参賀には参加できなかったわけであります。

 ま、天皇皇后ご結婚50周年、ご即位20年の今年には行けませんでしたが、陛下が喜寿を迎えられる来年こそは何とか参加したいものであります。日の丸の小旗をはち切れんばかりに振って、高揚感に包まれながら万歳三唱をしたいものですなあ。

 ちなみに、予定通り行ってこられた水尾さんが実に臨場感たっぷりのレポートを書いてらっしゃいます。なんと陛下をはじめご皇族方のお写真まで! よーし、私も行くときは望遠レンズ持ってでかけるぞ〜。

「天皇誕生日一般参賀」に行ってきました(ある程度 水尾君だって もう寝ますし)





中国にもねじ込んでいた! 小沢幹事長のゴネパワー(j-cast)

みのが「小沢さんに関してニュースがあるんですよ」と先の訪中の話題を。小沢幹事長が大訪中団を引き連れ、胡錦濤国家主席とのツーショット撮影を実現させた裏話だ。

実は、ツーショット撮影は中国側が「時間がない」と、1度は断ってきた。これに小沢が「だったら行かないよ」とゴネたために、中国側が折れて実現した。民主党議員への取材で分かったという。

みのが「何の意味があったのか僕にはちょっと理解できない」と嘆いた。これには、片山が次のような解説を……

「胡錦濤さんは、時間の問題よりも、やりたくなかったと思いますよ。ただ、中国は官僚主義ですから、段取りをしたのに日本側が『行かない』では、ものすごくメンツがつぶれる。小沢さんはそれをよく知っていた。中国は絶対に受けるだろうと……」

600人超もの訪中団を引き連れ、一体誰に「数の力」を見せつけようとしたのか? 数に力では太刀打ちできない中国でないことだけは確かのようだが……





 なるほどねえ、先に汚沢の方が中国にゴリ押しを通したから、中国のゴリ押しも通してあげたわけですね。これを聞いて、汚沢があれだけ天皇会見にこだわった理由が分かりましたわ。

 私も今朝の朝ズバでこのニュースを見てましたが、確かにミンスのアホ議員どもと握手してるときの胡錦濤は引きつった顔をしていました。さすがの胡錦濤も、ミンス議員に呆れていたようです。

 しかし、中国人に言うことを聞かせるためには、いかにしてメンツを潰すかを考えるといいのですね。そこを巧みに利用して中国にゴリ押しを通した汚沢の交渉術は、さすがに悪知恵が働くなとある意味感心するところです。これが、握手みたいなどうでもいいことに使われたのでなければ、文句がなかったんですけどねえ。





台湾女性議員を告訴へ 靖国神社で過激デモ(産経)

 靖国神社(東京都千代田区)で今夏、デモ隊を組織して過激な抗議活動を繰り広げた台湾の高金素梅・立法委員(国会議員)に対し、旧日本軍人や元衆院議員ら4人が、礼拝所不敬や説教等妨害、威力業務妨害、傷害などの罪で28日に東京地検に告訴・告発する。代理人弁護士は「国のために尊い命をささげた戦没者に崇敬の念を抱く日本人の宗教的感情を侵害した不敬行為だ」としている。

 告訴・告発するのは、旧日本軍人で特務機関員を務めた門脇朝秀氏(95)のほか、元衆院議員、西村真悟氏▽元大阪府八尾市議、三宅博氏▽東京都議、古賀俊昭氏。

 告訴・告発状によると、高金委員は8月11日朝、靖国神社境内で台湾先住民ら約50人のデモ隊を引率し、「靖国ノー」「先祖の霊を返せ」と拡声器で連呼しながら行進。デモ隊メンバーは拝殿に上がり、さくを押し倒して土足で奥の間に入り込んだ。これを制止しようとした神社職員らともみ合いになり、押し倒すなどして数人に打撲などの軽傷を負わせたとしている。

 高金委員は元女性タレントで、かつて「高砂族」と総称された台湾先住民の一つ、タイヤル族出身の母を持つ。先の大戦で戦死した「高砂義勇隊」の元兵士らの靖国神社への合祀(ごうし)の抗議活動を主導するなど反日活動家として知られる。

 戦後、台湾先住民と親交を深めている門脇氏は「先住民は親日的な人が多く、私が知る範囲で高金委員の言動に賛成する人はいない」と話す。代理人の徳永信一弁護士(大阪弁護士会)は「日本の大切な慰霊の場で公然と起こされ、争う余地のない犯罪行為なのに、全く捜査、処罰されないのはおかしい。多くの賛同者を募り、追加の告訴・告発も行う」と話している。





 エセタイヤル族、高金素梅の英霊侮辱行為を許してはなりません。東京地検がしっかりと、この告発を受理してくれることを祈ります。

 スケットダンスのデージーちゃん風に言うなら

YETS(靖国の・英霊に・祟られて・死ね)!

ですわ。

 見事に検察が動いてくれれば、少なくともこの女が二度と日本の土を踏むことはないでしょう。来日すれば捕まるもんね。靖国の境内はもちろん、このような輩はもう日本に来んでよろしい。そしてできれば、台湾ではなく父親の故郷のシナ大陸に帰って、思う存分反日活動に勤しんで下さいませませ。


posted by atsu at 23:56| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(1) | ニュース−社会 皇室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月12日

奉祝 天皇皇后両陛下ご在位20周年

hinomaru.jpg


奉祝

天皇・皇后両陛下ご在位20周年


 不肖atsu、日本国民として両陛下のご在位20周年を謹んでお祝い申し上げます。

 また、平成の御世がまだまだ永く続かんことを…。

posted by atsu at 00:00| 東京 ☔| Comment(6) | TrackBack(0) | ニュース−社会 皇室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月10日

夜の皇居散策

 天皇・皇后両陛下がご成婚50周年を迎えられた今日の朝、思いがけず水尾さんからお誘いのメールが届きました。曰く、「ご成婚50周年を祝って東京タワーが記念ライトアップをしているから、見に行こう」とのこと。さっそくOKし、見に行くことにしました。

 18時40分頃、赤羽橋の交差点で水尾さんと合流。東京タワーは既に、いつもとは違う光を周囲に放っておりました。

tower041001.jpg


 遠巻きに何枚か撮ったあと、真下へ移動。周辺には、記念ライトアップを撮影しにやってきた人たちがたくさんいました。私も、本当は三脚を持ってきたかったですね。

tower041002.jpg


 ただ、展望台に上る気にはなかなかなれないんですよねぇ。思えば、最後に東京タワーに上ったのは中3時の家族旅行が最後です。それ以来、真下に来ることもなかったですね。今回も、真下まで来たものの上ろうということにはなりませんでした。

tower041003.jpg


 増上寺と東京タワー。なかなか暗くて撮影するのが大変でした。

tower041004.jpg


 浜松町で飲んだあと、皇居外苑へ行きました。今日の昼にやっていた記帳に行けなかったので、せめてもの慰みです。ちょっと遠いけど、ここからも東京タワーはよく見えます。

kokyogaienyakei.jpg


 私、皇居外苑から丸の内側を望むこの景観が大好きなんですよねぇ。夜に皇居外苑に来たのは初めてですが、都心にこれだけ開放的な空間があるというのはすごいことだと思います。何とも美しいです。

sekkyoyakei.jpg


 石橋もかなり暗かったですが、頑張って撮影。かろうじて写りました。この辺りまで来ると、周囲の喧騒が全く聞こえませんね。すぐそばには交番もありますが、さすがに暇そうで大変だなと思いました。皇宮警察の皆さんはご苦労様です。


 その後、桜田門から出て解散となりましたが、そのうち一般参賀オフを開催することを決定いたしました。11月12日が祝日になった場合は日ス輪で奉祝オフを開催しますので、皆さんそのつもりでいて下さい。みんなで天皇陛下を拝謁し、「天皇陛下ばんざーーい!」と叫ぼうではありませんか。参加表明お待ちしてます。


posted by atsu at 23:55| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | ニュース−社会 皇室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月09日

両陛下とともに歩んだ50年

皇室:天皇、皇后両陛下結婚50年 ご成婚の日に婚姻届の夫妻、予期せぬ招待状(毎日)

 ◇長野の山田求さん・安子さん
 ◇あす、結婚50年の101組と茶会

 宮内庁は10日、天皇、皇后両陛下結婚50年の祝賀行事の一環として今年結婚50年を迎える夫婦を全国から皇居に招き、祝いの茶会を開く。招かれた101組の中で唯一、結婚記念日がご成婚の日と重なる長野県安曇野市の農業、山田求(もとむ)さん(80)、安子さん(75)夫婦は突然の招待に「夢にも思っていなかった」と喜んでいる。【渡辺諒】

 安子さんは59年、隣村から嫁いだ。農家の結婚式は農閑期に開くのがしきたりで3月12日に挙式したが、義父正成さんが「ご成婚の日にあやかろう」と婚姻届は4月10日に提出した。

 安子さんは「私たち夫婦は気にもしていなかったが、今このような形になり感謝している」と顔をほころばせる。

 当時、松本・浅間温泉への新婚旅行がはやりだったが、農作業に追われ行けなかった。求さんは「夢中で農業に向き合ってきた。ひょう被害に遭うなど大変な時もあったが、苦ではなかった」と振り返る。

 結婚25年を迎えた84年、子供たちから東北地方への旅をプレゼントされ、初めて夫婦旅行を楽しんだ。安子さんは「その後、海外にも行ったけれど、今度の上京は特別。一番の思い出になりそう」と声を弾ませる。求さんも「両陛下と面会したら『お体に気をつけてください』と言いたい」と話している。





 明日、天皇皇后両陛下はご成婚50周年を迎えられます。今年はご即位20周年の年でもありますが、この二つが同じ年に巡り合わせたことは、実に稀有なことであると思っています。実におめでたいことです。

 明日は祝賀の記帳を宮内庁庁舎前で行うそうですが、平日でなければ私も行きたかったです。せめて1日ずれていてくれれば、希望者を募ってみんなで皇居に赴いたんですけどねぇ。明日だけと言わず、明後日も受け付けてくれたらいいのにと思います。

 まあでも、仕方ありません。ですので私は明日、祝日ではないけど国旗を立ててお祝いの意を表するつもりです。でも恐らく、多くの人は国旗がなぜ立っているのか分からないでしょうねぇ。実に悲しいものです。


 ところで、この記事にある山田さんご夫婦は素晴らしいですね。同じ日に婚姻届を出したカップルは多くいたでしょうが、まさか50年経った日にこうして陛下とお会いすることになるなど、夢にも思わなかったことでしょう。この50年間に山田さんご夫婦もたくさんのご苦労をしたと推察致しますが、まさに今日の日本国を創ってきた世代でありますので、心から敬意を表します。この度は金婚式を迎えられ、本当におめでとうございます。

 いやしかし、私が何かすごい功績を挙げて陛下にお目通り叶うようなことがあれば、たぶん緊張しすぎてお茶を飲むことすらできないと思いますよ。まだこの目で拝見したことがないですが、言葉を交わそうものなら感激して泣いちゃいます。平常心でいられないのは必至ですね。

 ところで、今年の11月12日は祝日になったんですか?


posted by atsu at 19:53| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | ニュース−社会 皇室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月27日

土屋たかゆき議員はいい仕事しますよね

皇太子さま呼び捨て 都議からの批判で石原知事「発言を考えてみたい」(産経)

 皇太子さまに2016年の東京五輪招致の協力を求める際、会見などで「皇太子に協力を求めたい」などと、皇太子さまを呼び捨てにした発言を繰り返してきた東京都の石原慎太郎知事に対し、民主党都議が26日、都議会一般質問で「公人として礼を失している」などと批判。石原知事は「今後、発言の形について考えてみたい」と述べ、呼称を見直すことも視野に入れた見解を示した。

 石原知事は7月、定例会見で、東京五輪招致活動への皇太子さまの協力について宮内庁の野村一成東宮大夫が「協力は難しい」との見解を示したことに対し「宮内庁ごときが僭越だ」などと激怒。その際の会見で、「皇太子の意向もただした上でだね、国を代表して皇太子に協力していただこう」などと呼び捨てにする発言を繰り返した。





 これは確かに、よろしくないことであらしゃいます。反皇室のサヨク政治家が呼び捨てにするのならともかく、保守の側にカテゴライズされる石原都知事ともあろうお方が、皇室を軽んじるような言動をしてはなりません。協力を得たいと思うのならば、きちんと敬称を付けてお呼びすべきでしょう。

 産経も含め全てのメディアに言えることですが、天皇陛下以外の敬称を、全て「さま」で済ませていることに私は不満があります。皇太子や親王、女王には「殿下」という敬称があるのですから、やはりそれを用いるべきでしょう。皇室記事に敬語すら使わない朝日は今さらやらなくていいですが、産経くらいはきちんと「殿下」を使ってほしいと思います。もちろん、口頭でおしゃべりするぶんには、「さま」でもいいと思いますがね。

 ところで、このGJな質問をした民主党都議とは誰でしょう。私はこの記事を読んだとき「こんなことを言える民主党員は土屋さんくらいしかいないだろうな」と思いましたが、やはりそのとおりでした。土屋さんは民主党にいるのがもったいない政治家ですよね。いつの日か、平沼新党から国政の場へ出馬してほしいんですが…。

 てか、産経さん、質問した都議の名前もちゃんと載せてあげましょうよ。私みたいな人間は何となく分かるけど、普通の人はこれじゃあ誰なんだか分からないからね。

都議会民主党 定例会報告 一般質問 土屋たかゆき
posted by atsu at 23:55| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース−社会 皇室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月13日

陛下、信楽の事故現場へ行かれる

両陛下、信楽高原鉄道事故現場で遺族に哀悼の意(産経)

 12日、滋賀県甲賀市信楽町を訪問した天皇、皇后両陛下が、信楽高原鉄道事故の現場脇の「事故現場碑」前を通りかかった際、車を減速させて犠牲者と遺族に哀悼の意を表される場面があった。

 宮内庁によると、滋賀訪問の前、視察先に信楽町が含まれることを聞いた天皇陛下は「事故がありましたね」と述べ、JR貴生川駅から県立陶芸の森に向かう途中、事故現場付近を通るとの説明を受けると、「哀悼の意を示したいので徐行してほしい」と述べられたという。

 通過の際は両陛下の訪問を知った遺族数人が事故現場碑前で待っていて礼をしており、関係者によると、窓を開けた車中から、両陛下も一礼されたという。近くには犠牲者の慰霊碑もある。

 信楽高原鉄道事故は平成3年5月14日に発生。信楽高原鉄道とJR西日本の列車が衝突し、42人が死亡、614人が重軽傷を負った。

 刑事は12年3月、信楽高原鉄道の運行管理者ら3人に執行猶予付きの有罪判決が出ている。民事では14年12月、大阪高裁がJR西日本と信楽高原鉄道に計約5億1000万円の損害賠償を命じる判決を言い渡し、JR側も上告を断念したため、確定している。





 わたくし、このニュースを読んで本当にほのぼのといい気分になりました。陛下の細やかなお心遣いには誠に感激致します。

 陛下は先日、琵琶湖で跋扈しているブルーギルにも心を痛めておいででした。ブルーギルを日本に持ち込まれたのが今上陛下自身だったとは存じませんでしたが、よかれと思ってやったことが思わぬ結果を招いたことをずっと気に病んでらしたのですね。

 信楽高原鐵道については、私もまだショックが癒えてません。今年の2月に、事故から16年の時を経てようやく乗ることができましたが、事故現場の前を通過したときには心が痛みました。同様に福知山線も、しばらくは足が遠のきそうです。

posted by atsu at 22:28| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース−社会 皇室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月18日

別に不敬だとは思わないけど

両陛下訪問の案内状で入力ミス=悪天候を「悪天皇」、職員処分−秋田県(時事通信)

 秋田県は18日、天皇、皇后両陛下の訪問に関する知事名の案内状で、誤った表記のまま上司の決裁を受けずに送付したとして、人事課班長の男性職員(55)を訓告処分とした。また、管理監督責任を問い、人事課長を厳重注意とした。

 同課は「ワープロの入力ミスが原因で、職員は作業を急いでいたため、決裁を受けていなかった」としている。

 同課によると、男性職員は先月31日、今月下旬に秋田県入りされる両陛下が帰京される際に、見送る予定となっている秋田市議ら特別奉送者に対し、案内状181通を送付した。

 このうち21通について、「悪天候などの理由により」と表記すべき個所が誤って、「悪天皇…」と記されていた。





 わざとやったなら大変なことですから、単なるタイプミスなんだと思います。同じ原稿のはずなのにどうして181通中21通だけ誤記されていたのかは謎ですが、「akutennkou」と打つべきところをうっかり「akutennnou」と打ってしまう可能性がないわけじゃないんで、ケアレスミスと信じましょう。

 でもこういうことがあると、必ず「不敬罪はまだ生きている」とか言い出す人がいそうですよね。でも、別の個所のミスだったら処分があってもニュースにはならなかったと思いますよ。決済を通さず書類を作って処分されるというケースがどれほどあるのか分かりませんが、天皇が絡んでなければニュースバリューなんかないですよ。見方によっては不敬罪とこじつけることができるので、こうやってわざとらしく記事になるわけです。押すキーが左右にひとつずつずれて「悪展望」とか「悪天網」と誤記して処分されたのなら、絶対に記事になんかなりません。

 まあこの職員さんも、間が悪いっちゃ間が悪いですよねぇ。別に普通の文書でこの間違いをしても問題にはならないと思うんですけど、よりにもよって天皇陛下に直接関係する文書でこんなミスをやらかしちゃうんですもの。
posted by atsu at 23:16| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ニュース−社会 皇室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月06日

悠仁殿下の笑顔に癒されて

悠仁さま1歳のお誕生日 両陛下にご挨拶(産経)

 秋篠宮ご夫妻の長男、悠仁さまは1歳の誕生日を迎えた6日、紀子さまとともに皇居・御所を訪問し、天皇、皇后両陛下にあいさつされた。

 白い半袖のシャツの上に紺のベビー服を着た悠仁さまは、両手でしっかり紀子さまの肩をつかみ興味深く周囲をうかがう一方、「うーん」とむずがるような声も発せられた。

 報道陣から「おめでとうございます。最近おしゃべりも随分されるんですか」と声がかかると、紀子さまは「ええ、少しずつ」と笑顔で答えられた。





 今日の「とくダネ!」でお姿を拝見致しましたけれども、朝っぱらからあまりの可愛らしさに癒されてしまいました。早いもので、あれからもう1年が経過したんですねぇ。あの日も私は狂喜乱舞してましたけど、今日も悠仁親王殿下の笑顔のおかげで、台風なんか吹き飛ばすくらい幸せな気持ちになりました。

 しかし、どこから見ても疑う余地のないほど皇族のお顔ですよねぇ。まだ1歳だというのに、やんごとなき風格を既に持ち合わせているみたいです。これからのご成長を見守るのが本当に楽しみです。

 ところで、佳子内親王殿下が、いちだんとお美しくなっていますね。髪型と服装のせいかもしれませんが、一年前よりもグッと大人っぽくなられた気がします。佳子殿下は、お父様よりもお母様の遺伝子が強いようであります。
posted by atsu at 23:10| 東京 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | ニュース−社会 皇室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月26日

天皇陛下御在位60年記念切符

 今日、松屋銀座で開催中の「第29回 鉄道模型ショウ2007」に行ってきました。

 一通り見た後で、会場の外にあるグッズ売り場を覗いたのですが、記念切符のコーナーで思わぬ掘り出し物を見つけちゃいました。東京都交通局が昭和61年4月29日に発行した、「天皇陛下御在位60年記念切符」です。

天皇陛下御在位60年記念

花電車「二重橋号」
即位の御大礼を奉祝して運行した花電車「二重橋号」

儀装馬車
即位の御大礼で御使用された儀装馬車

花電車「寳祚無窮号」
即位の御大礼を奉祝して運行した花電車「寳祚無窮号」


 雑多に置かれていた記念切符の山を適当に物色して、何気なく手にした切符が偶然これでした。はっきり言ってびっくりしましたね。きっとこれは先帝陛下のお導きだろうと思って、迷うことなく購入しました。券面の価格が500円、今日の売値が500円だったので、20年以上を経てもプレミアが発生していませんが、私にとっては非常に有り難い代物です。畏れ多いくらいです。

 同様の切符を、営団地下鉄は出さなかったんですかね? この切符は都営三田線の蓮根駅発行のものでしたけど、もしも千代田線の二重橋前駅発行のものがあったらさらにグッドだったと思います。

 大事にとっておきますよ、これはマジで。
posted by atsu at 23:44| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース−社会 皇室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月01日

もうちょっとコッソリやってください

 いや〜、今日発売の週刊文春にはまいりました。

 中吊り広告で、

ヒップホップダンサーを名乗る高円宮承子さま
20歳女性皇族「赤裸々ホームページ日記」 皇室激震スクープ

「胸にヤモリの刺青入れたいんだけど」「男の人2人にナンパされた」「好きな人が…」


なんて書いてあるものですから「ヲイヲイ、匿名でブログとかやってたんだったら、ばらしたりしないでそっとしといてあげればいいのに」と最初は思いました。だけど、記事を読んでビックリ仰天。「つぐ」というHNで、しかも写真まで載せちゃっているとは…orz。

 いやね、皇族の方もいろいろ大変でしょうから、息抜きにブログとかミクシィとかやってもいいと思うんですよ。だけど、あんまりパーソナルデータを入れたり、ましてや自分が写っている写真を使うのはまずいと思うんですよねぇ。ミクシィだって今じゃ安全地帯じゃないし、日記はマイミク以外読めないとしても、プライベートをあんまり赤裸々と書き込むのは よくないですね。結局、それが原因で文春にばれて、閉鎖する羽目になってしまったんですからねぇ。

 まぁしかし、いくら女王殿下とはいえ、文体を見るとやはり今時の女の子なんですね。私的な場ではこれが当たり前なんでしょうけど。でも、日本の皇室をイギリス王室のレベルまで落とすわけにはいきませんから、あんまりこういう情報はオープンにしないほうがいいですね。

 承子女王殿下におかれましては、完全な匿名にして、仲間うちだけでミクシィをお楽しみ頂くことをお勧め致します。二度と、マスゴミになど嗅ぎつかれませぬよう…。
posted by atsu at 23:55| 東京 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | ニュース−社会 皇室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月15日

ご尊顔拝見

紀子さまと悠仁さま、元気にご退院 宮邸に戻られる(産経)

 東京都港区の愛育病院に入院していた秋篠宮妃紀子さま(40)と、長男の悠仁(ひさひと)さまは15日午後、退院し、病院まで迎えに来た秋篠宮さま(40)とご一緒に、東京・元赤坂の秋篠宮邸に戻られた。誕生10日目の悠仁さまが公に姿を見せられるのは初めてで、病院周辺や沿道では多くの人々から祝福の声があがった。

 午後0時25分、悠仁さまを抱いた紀子さまが、秋篠宮さまと病院正面玄関に姿を見せられた。主治医の中林正雄院長をはじめ、見送りに出た医師や看護師らに丁寧におじぎをし、笑顔であいさつされた。報道陣から声をかけられると、「(悠仁さまは)まだ寝ています」と宮さまが答えられ、紀子さまは白いおくるみに包まれた悠仁さまを報道陣にご披露。車の後部座席のチャイルドシートに乗せ、集まった近隣住民らの歓声の中、病院を後にされた。

 沿道でも、「悠仁さま〜」「紀子さまおめでとうございま〜す」との声がさかんにかけられ、紀子さまは窓を開けたまま笑顔で応えられた。

(後略)





 やっと、ご尊顔を拝見することができましたね。すやすやとお休み中で、残念ながらお顔の下半分がよく見えませんでしたが、ご健康そうで何よりでした。

 会社のテレビで見ていましたが、フジテレビは何と「笑っていいとも」を中断して中継していました。「いいとも」が中断される事態というと、これまでは阪神大震災とか地下鉄サリンとか暗い話題ばかりだったので、今回のような慶事で中断されるのはいいことですね。
posted by atsu at 22:47| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | ニュース−社会 皇室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月12日

悠仁親王殿下バンザーイ

お名前「悠仁」 親王さま命名の儀(産経)

 6日に誕生した秋篠宮家の男子のお名前が「悠仁(ひさひと)」に決まり、12日午後、紀子さまが入院されている東京都港区の愛育病院で「命名の儀」が行われた。身の回りの品に付ける「お印」は、日本固有の常緑高木の「高野槇(こうやまき)」に決定した。命名の儀は、一般のお七夜に当たる皇室の伝統儀式。

 宮内庁によると、「悠」の字には、ゆったりとした気持ちで、長く久しく人生を歩んでほしい、との願いが込められている。お印の「高野槇」は「まっすぐに育ってほしい」とのご夫妻の思いから、日本固有の直立の木にした。

 お名前とお印はご夫妻で話し合い、お名前については天皇、皇后両陛下にも相談し、先週末から11日までの間に、最終的に秋篠宮さまが決められた。

 宮内庁では7月から男女それぞれのお名前を検討、過去の天皇や皇族と重ならないようにした。男子誕生後は、国文学者や漢文学者の意見も交えて、3つの名前を候補に挙げたという。

 命名の儀は午後3時半から行われた。秋篠宮さまが毛筆でお名前の「悠仁」、お印の「高野槇」とそれぞれしたためた和紙を、ご夫妻が順に確認された後、宮務官が白木のきり箱におさめて、悠仁さまの枕元に置いた。和紙はいずれも皇室の重要行事に使われる「大高檀紙(おおたかだんし)」と呼ばれる厚手の紙。

 お名前は官報で告示された後、天皇、皇族の戸籍に当たる皇統譜に登録される。宮内庁長官らが署名する。

 名前に「仁」を付けるのは、平安時代以来の慣習。高野槇は「高野の六木」などとして有名で、皇居の宮殿近くや秋篠宮邸がある赤坂御用地内にもある。





 「悠仁」殿下ですか。字面を見て、率直に「おー、かっこいい」と思いました。お名前の示す通り、悠々自適に、悠然とお育ちになることを願います。

 水尾さんがこちらのエントリで、過去に「○仁」というお名前だった天皇の一覧表をアップなさっていますが、天皇だけでもこんなにいらっしゃるのに、他の皇族ともかぶらないようにするのは大変だったと思います。皇族は必ずしも「○仁」という名前ではありませんが、それでも相当数いらしたでしょうからねえ。奇しくも昨日判決が出たニセ有栖川宮も「識仁(さとひと)」と名乗ってましたし(水尾さんの一覧表によれば「識仁」は第112代霊元天皇のお名前のようです)。ちなみに「ひさひと(久仁)」は第89代後深草天皇のお名前なんですね。読みはかぶってもいいようです。

 まぁでも、今回の命名を受けて一番びっくりしたのは、

ゆずの北川悠仁

でしょう。「○仁」という名前だから、皇族と同じ名前になる確率はありますが、まさか自分と同じ字になるとは思いもしなかったでしょうね。前回の「愛子」さまのときは日本全国津々浦々に同名さんが出ましたが、今回の「悠仁」さまはそうはいません。北川悠仁もすぐにコメントを出したようですが、本当に名誉なことだと思いますよ。その代わり、もう絶対に悪いことはできませんけどね。その名前の後ろに「容疑者」とか「被告」とかが付くのは許されないことですから(笑)。
posted by atsu at 21:06| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(4) | ニュース−社会 皇室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月06日

親王殿下ご誕生!

 お生まれになったようです。今日はほとんどの日本人にとって喜びの日となるでしょう。

 秋篠宮妃紀子殿下には心より「おめでとうございます。ありがとうございます」と申し上げます。

 さて、今日は忙しくなりそうなので、メシを食べ終わり次第急いで会社へ行くとしますかね。
posted by atsu at 08:51| 東京 ☁| Comment(6) | TrackBack(7) | ニュース−社会 皇室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月19日

ご無事な出産を願います

胎児のご発育は順調も紀子さま「前置胎盤」で出産は帝王切開(サンスポ)

 宮内庁の金沢一郎皇室医務主管は18日、記者会見し、ご懐妊中の秋篠宮妃紀子さまは、胎盤の位置が低くずれ、出血の恐れがある「前置(ぜんち)胎盤」の状態であると発表した。胎児のご発育は順調という。会見には主治医の愛育病院(東京都港区)の中林正雄院長も同席した。

 金沢医務主管と中林院長によると、先週の超音波検査により、胎盤が子宮口の一部をふさぐ「部分前置胎盤」と診断された。帝王切開が必要という。紀子さまは妊娠8カ月で9月末にご出産予定だが、9月初めか中旬に早まる可能性がある。現在は出血や痛みなどの症状は一切ない。

 すぐに入院の必要はなく、当分安静にされるが、出血などの症状が出た場合には入院が必要になる。前置胎盤により、早期の出血や、感染、早産の事態が生じる危険性が高いという。

(後略)





 「前置胎盤」とはまた聞き慣れない単語だったので始めは驚きましたが、この症状が妊婦200〜500人に1人というそれほど珍しくはないものと知って安堵しました。昔は母体に危険が及ぶことが多かったそうですが、医療が進歩した現在ではまず心配はないそうです。

 自然分娩であれ、帝王切開であれ、私が望むのは可愛いお子様を抱かれた紀子妃殿下の笑顔を拝見することだけです。今回のことについてはあまり騒がず、母子ともに健康のままご無事に出産を終えられることだけを引き続きお祈りしております。
posted by atsu at 22:07| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース−社会 皇室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月11日

どうせ反論するなら、もっと堂々とやったらどうか

典範会議・岩男氏、寛仁さま発言批判 「時代錯誤」(産経)

 政府の「皇室典範に関する有識者会議」のメンバーである岩男寿美子・武蔵工大教授が、自身が編集長を務める海外向けの英文雑誌「ジャパンエコー」二月号に寄せた論文で、女系天皇に異論を唱えた寛仁親王殿下を「時代錯誤の考えには、驚くしかない」と強く批判していたことが十日、分かった。岩男氏はまた、寛仁さまが側室制度導入は「難しい」としているにもかかわらず、「側室制度を提案してきた」と事実と異なることも記述している。

 「ジャパンエコー」は海外向けに、英文で日本の論壇の論調などを紹介する隔月刊誌で、編集会議には外務省職員も参加。在外公館を通じ、欧米など各国の大学や研究機関に配布している。

 岩男論文は「日本の皇位継承者」と題し、「二〇〇五年十一月は、日本の皇室にとって二つの大きな進展のあった月だった」と書き出し、有識者会議の報告が提出されたことを自賛。メンバー構成や報告書の内容、反響などを紹介している。

 この中で、寛仁さまについて「天皇のいとこで、女性が皇位を継承できるようにすることについて疑問の声を上げ、旧宮家や皇室の側室制度の復活を提案してきた」と指摘。さらに「彼の時代錯誤(anachronism)には驚くしかない」と批判している。しかし、寛仁さまは昨年、福祉団体の会報に寄せたエッセーで、側室制度に触れてはいるが、「国内外共に今の世相からは少々難しいかと思います」と記され、「提案」したわけではない。

 また、岩男氏は、短期間で結論を出した有識者会議の議論に「拙速だ」との指摘があることにも「奇妙な反対論だ」と反論している。その理由として「この問題は実は有識者会議の設置に先立つ七、八年前から内閣官房内のグループによって研究されていた」と明記した。有識者会議が事実上、先行する政府の非公式研究を下敷きにした「結論ありき」の存在だったことを認めた形だ。
                  ◇

 【海外向け英字誌に寄稿】

 二〇〇五年十一月は、日本の皇室にとって二つの大きな進展があった月だ。まず、プリンセス清子の結婚があり、もう一つは「皇室典範に関する有識者会議」の報告書が提出されたことだ。

 提示された改正点は、継承者を男系男子に限定した現行制度の維持を主張する陣営から強い抵抗を受けている。だが、この男系継承を可能にしたのは、以前の制度で天皇に側室が置けたからだ。これは今日、賛同を得られるものではない。

 奇妙な反論がある。それは、こんな重要な問題で、一年以内に結論を得るというのは拙速すぎるというものだ。しかし、この問題は実は、われわれの有識者会議の設置に先立つ七、八年前に、内閣官房内のグループによって研究されていた。

 もう一つの反対論は、われわれが皇族の意見を聞かなかったというものだ。しかし、天皇も皇太子も立場上、この問題に関しては意見を表明しないと示している。天皇のいとこであるプリンス寛仁は、女性が皇位を継承できるようにすることに疑問の声を上げ、旧宮家や皇室の側室制度の復活を提案してきた。彼の時代錯誤の考えには、驚くしかない。(要旨、原文は英文)





 左のアマゾンアフィリエイトでも紹介しているが、現在『「女系天皇論」の大罪』(小堀桂一郎 櫻井よしこ 八木秀次共著・PHP研究所刊)という本を読んでいる。「皇室典範に関する有識者会議」が打ち出した女系天皇論が、いかに多くの問題をはらんでいるかを適格に指摘しており、実に分かりやすい。もうすぐ読み終わるが、このご三方の皇室に対する深い尊崇心と知識の豊富さには改めて敬服する。

 本の中で、著者らは「有識者会議」のデタラメぶりについても「傲岸不遜」「まるで第二のGHQ」「権力に迎合する御用学者ばかり」などと厳しく批判しているが、今回の岩男氏の論文は、まさにそれを裏付けるものであろう。彼女の意見を読めば、寛仁殿下のご発言を受けた吉川弘之ロボット博士が「どうということはない」と一蹴したのも無理はないことと思える。それほどまでに、「有識者会議」のメンバーは皇室に対する敬意を持ち合わせていないのだ。

 さらに腹が立つのは、岩男氏の論文が海外向けの英文誌で発表されていることである。自分が編集長を務めている雑誌なんだからいいじゃないかという意見もあるだろうが、このような発言を日本人の目に触れにくい媒体で行い、かつ外国に寛仁殿下に対する誤ったイメージを流した罪は大きい

 殿下に対する反論・批判は自由だが、だったらせめて同じ土俵に上がるべきじゃないだろうか。殿下の意見を載せた、「文藝春秋」なり「正論」なりに寄稿するのがいちばんふさわしいが、敵の陣地に乗り込むのが嫌なら、「論座」でも「世界」でも、自身のHPやブログでもいい。しかし、海外向け雑誌への掲載というのは、どう考えても卑怯である。事実、産経が報じなければ岩男氏の意見は日本国民に届かなかったわけで、男系維持派や寛仁殿下からの反論を恐れているからではないかと勘繰られても仕方ないと思う。

 まあ、その点から言っても産経はナイスプレーである。岩男氏が、「研究は七、八年前から行われていた」と自爆発言していることまで暴いてくれたのには大いに意義がある。この、ある意味自供とも言える岩男氏の発言は、この先「有識者会議」の問題点を問う上で貴重な言質となることだろう。

 ここでひとつ、「有識者会議」の皆さんに提案なのだが、岩男氏も潔く認めたわけだし、この際あなた方の正式名称を

「女系天皇を容認するためだけの無識者会議」

に改めてはどうだろうか。政府が決めたシナリオを追認しただけの皆さんには、そろそろ「有識者」などという肩書きを返上して頂きたい。ご検討して頂ければ幸いである。

岩男寿美子−ウィキペディア
posted by atsu at 18:57| 東京 ☀| Comment(3) | TrackBack(3) | ニュース−社会 皇室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月09日

紀子妃殿下ご懐妊は、皇室の意思表示

 秋篠宮妃紀子殿下のご懐妊を受け、あれだけ姦しかった皇室典範改正の動きも一気に沈静化してきた。小泉首相はまだ「改正は必要」と言っているが、さすがに空気を読むことはできたようで、私は安堵している。恐らく今後、ご出産までは静かな状態が続くと思われる。紀子妃殿下のご負担を最小限に抑えるためにも、外野が大騒ぎすることだけは避けてほしい。

 しかし、産経新聞に載っていた「皇室典範改正見送り公算 政局回避?真意は… 安倍氏ら説得」という記事を読む限り、小泉首相は女系天皇がなぜいけないのか、長子優先がなぜいけないのかが未だに分かっていない気がする。だって、以下の会話はどう見てもおかしい。

安倍氏「誠におめでたいことですが、これで皇室典範改正はよくよく慎重にしなければならなくなりました」

首相「なぜだ」

安倍氏「もしお子さまが男子でしたら、皇室典範改正は、このお子さまから継承権を奪ってしまうことになります。そもそも皇太子さま、秋篠宮さまに次ぐ皇位継承者がいなくなることが、皇室典範改正の趣旨だったのではないですか」

首相「…………そうか」


 「なぜだ」じゃないでしょうに…。男の子がいて、男系を維持できるにもかかわらず、あえて女系を選択することの愚かさが理解できていなかったとは。まったく、冗談だと思いたいほどである。一方の安倍官房長官は、大方の予想通り問題をきっちりと理解しているようなので、やはり安心して国政を任せられそうだ。


 ここから先は、私の勝手な解釈なのであるが、今回のご懐妊は、皇室典範改正に対する皇室の意思表示のように思えてならない。今回、改正案が国会に提出されるかされないかの、まさに絶妙のタイミングでご懐妊されたことは、秋篠宮ご夫妻の決意そのものであると思う。

 有識者会議がまとめた改正案は、「もはや雅子さまにも紀子さまにも、新たなお子様はほとんど見込めない」という前提に沿ったもの。これは言い方を変えれば「もう雅子さまも紀子さまも女を上がっている」と決め付けているようなもので、失礼極まりないものだ。普通の女性でも、近所の人たちに「あそこの御宅はもう子供は産めないでしょうね。奥さんがもうダメらしいわよ」なんて噂されたら、とても不快な気分になるはずである。紀子妃殿下だって人間であるから、面識もない赤の他人にそんなことを話し合われたら、内心気持ちよくはなかったのではないだろうか。しかし、紀子妃殿下の昨日の笑顔からは、こうした議論も全て吹き飛ばしてやったというような「余裕」を感じた。「わたくしはまだまだでございます」というような。

 秋篠宮文仁親王殿下にしても、佳子内親王殿下のあと10年以上もインターバルが開いたのは、皇太子殿下への遠慮があったためだと言われている。確かに、兄君のところに子ができないのに、自分のところだけ3人も4人も生んでしまうのは気が引けるだろう。皇太子殿下のところに子供ができないうちに、自分のところに男児が生まれたら…という危惧もあったのだと思われる。

 しかし、皇太子殿下と雅子妃殿下のあいだに愛子内親王殿下がお生まれになり、さらに雅子妃殿下のお体の調子が悪くなったりして、状況は変わってきた。その上で、有識者会議が皇室の一大事を変えてしまおうとするので、秋篠宮殿下としてはもう兄君に遠慮している場合ではないということになったのではないだろうか。「この状況を打開できるのは、自分しかいない」。このような固い決意を結ばれたのではないかと想像した。

 実際、皇室が「女系天皇、結構ですね」とお思いになっているのなら、このタイミングでのご懐妊などあり得ないと思う。この先、子供を産まなくても皇位が継承していけるのであれば、雅子妃殿下にしても紀子妃殿下にしてもそんなに楽なことはない。だが、皇室はそうは考えていないのである。秋篠宮殿下と紀子妃殿下は、まさに身を挺して皇室の未来を創っていこうとなさっているのだ。これは、はっきりとご発言ができない皇室の、まさに意思の表れである。私は、そう解釈したい。

 秋篠宮殿下や紀子妃殿下のお心を勝手に解釈するような行為は、実に僭越で、本来ならば許されざることである。しかし、今日は率直に思ったことを書かずにはおれなかった。どうかご容赦頂きたい。

皇室典範 改正見送りの公算 首相「議論の結果で判断」(産経)

紀子さま 祝福に笑顔で会釈(産経)
posted by atsu at 23:13| 東京 ☀| Comment(7) | TrackBack(4) | ニュース−社会 皇室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする